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「つばさ」運転再開 東北のJR線 復旧進む

震災から20日、復興の鼓動が聞こえつつあります。
震災以来運休していた、山形新幹線「つばさ」が運転を再開しました。
東北新幹線はまだ運転見合わせているため、福島~新庄間の奥羽本線のみの運行です。1日9本、4往復程度運行します。福島駅は在来線ホームの発着です。
なお、奥羽本線の普通列車は通常運行しているためか、いつもなら満員近い列車なのに、当日は乗客が少なかったです。
それでも、復旧は進みつつあります。
東北新幹線は那須塩原~福島間が4月中旬に、福島~一ノ関間が4月下旬に、一ノ関~盛岡間は4月8日復旧する予定です。
JRの東北地方在来線も、常磐線いわき~亘理(わたり・宮城県)間を除き4月中に順次運転再開予定です。
茨城県内のJR線は、常磐線は土浦~勝田間が3月31日に運転再開しました。4月9日ごろには高萩まで、下旬にはいわきまで復旧する予定です。
水郡線は那珂川にかかる水戸~常陸青柳間を除き、4月中旬全線復旧。水戸~常陸青柳間は下旬の予定。
水戸線は4月上旬、復旧する予定です。

以上、東北と茨城県内のJR線の状況でした。
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2011年度は計画停電の年

今日は3月31日です。つまり、2010年度終わりの日です。大震災で2010年度をしめくくる、最悪の結末になってしまいました。
4月1日から、2011年度が始まります。
年度末は、なんでもなく締めくくろうと思っている矢先に大震災が発生してしまいました。
2011年度は、どうするか。計画停電にホンローされる1年になると思います。
今は春だから大丈夫ですが、夏には、冷房を使用するため、どうしても電力が不足し、いま対象外の地区も協力しなければならないのは必至です。
首都圏の電力を供給してきた主人公、福島第1原発は相当のダメージがあり当然、廃炉でしょう。
第2原発はどうでしょうか。第1にくらべて被害は少ないものの、地域との合意が得られるかどうか。
2007新潟県中越沖地震で、柏崎刈羽原発がダメージを食らったときは、節電で乗り切り、計画停電はなかったのですが、今回の大震災は、中越沖地震よりはるかに深刻です。
どうか、今夏が冷夏でありますように、というのは私のわがままでしょうか。

気象庁、各地の震度を見直し

きょうは、比較的暖かい日で、暖房を使用する機会も少なく、計画停電を実施しませんでした。日中は若干汗ばむ陽気でした。
明日も気温が高めで、実施しない予定です。
明日で東北・関東大震災から20日たちます。3月11日、本震のゆれは恐ろしかったです。
気象庁はきょう、東北・関東大震災の本震について、各地の震度を見直したと発表しました。震度4だった茨城県那珂市を震度6強としたり、震度2,3だったところを震度5強あるいは弱に変更したなど、気象庁ホームページで詳細を掲載しています。
http://www.jma.go.jp/jma/index.html

東日本の、北海道から静岡県までの各地の、本震当時の震度が掲載されています(PDF形式)。
また、変更前と変更後のデータもあります。
http://www.jma.go.jp/jma/press/1103/30d/kaisetsu201103301800.pdf

このデータを見ることで、当時どれだけ揺れたか実感できると思います。

放射能量がわかるサイト

東北・関東大震災により、福島第1原発が相当のダメージをくらい、放射能漏れが深刻化しています。
原発周辺はもとより、関東全域で、放射能を心配する人々も多いでしょう。
そこで私は、放射能がチェックできるサイトを見つけました。

μSv:関東各地の環境放射能水準の可視化:micro sievert(マイクロシーベルト)
http://microsievert.net/

福島第1原発周辺はもとより、関東地方の主要地点にて放射能量がわかるサイトです。
気になる人は、ぜひごらんになってください。

群馬県内のJRは深刻

震災以来、関東地方で続けてきた計画停電。しかしながら今日は、実施されませんでした。
朝から気温上昇のため暖房の需要が少なかったためです。震災以来平日では初めてです。明日も実施しない予定です。となると、震災以来2日連続で計画停電が実施されないことになります。土日ではすでに計画停電なしですが、平日では初めてです。
あ、でも、節電には引き続きご協力お願い申し上げます。
夜のコンビニでは、看板の照明を消して、室内も半分照明を消していて、いささか暗い感じです。でも、閉店しているよりはましです。
計画停電の影響で、鉄道などの交通網に影響が出ています。

両毛線115系
両毛線の115系。栃木~大平下間 2007/11/25撮影

特に、群馬の鉄道、特にJR線が深刻です。JR両毛線・吾妻線・信越本線(横川線)など、さらに非電化の八高線まで区間によって終日運転見合わせというのはどういうことでしょうか。群馬県は大きな被災地ではないのに。
私鉄では、上毛電鉄、上信電鉄は、計画停電中は運休あるいは減便しながらも、他の時間帯は平常どおりに運転しています。東武鉄道群馬県内各線では土休日ダイヤで運行しています。もっとも土曜・休日も平日とあまり変化ありませんが。非電化のわたらせ渓谷鐵道は区間によってバス代行輸送です。列車が運行できる区間も間引き運転です。
JRでは、高崎線は湘南新宿ラインが運休する以外、平常運転しているのに、両毛線などはかろうじて運転している状況です。高崎~伊勢崎間で3割程度の本数運行してしていて、残りの区間(伊勢崎~小山間)は運休です。通学の生徒はいま、春休みですから問題ありませんが、新学期が始まると、どうやって通学するのでしょうか。
上越線や信越本線も、同程度です。吾妻線は運転見合わせ中です。

北関東自動車道
両毛線とほぼ並行する北関東自動車道は、震災のさなか、予定通り3月19日、全通しました。
北関東道、先日走行しましたが、問題なく通行できました。ただし節電でトンネルの照明が減らされて、若干走りにくいところもありますが。
周辺の国道・県道なども、問題なく通行できます。
両毛線の運転見合わせが長引けば、北関東道に乗客を奪われることになりますよ。高崎~宇都宮間は、今や北関東道でスピーディに移動できるようになりました。すでに開通していた高崎JCT(関越道)~太田桐生間も、周辺の一般道が混雑していて、利用する車も多かったです。
群馬県内、高崎・伊勢崎周辺の道路は混雑していて、鉄道は必要です。一日も早い電力回復を期待しています。
※両毛線は3月31日、小山~高崎間全線で運転再開しました。
電力事情によっては、一部列車が運休する場合があります。


暗いトンネルの恐怖

節電中のトンネル
先日、高速道路のトンネルを走行してきたのですが、節電のためとはいえ、暗い感じがしました。本来なら白色照明の他に、オレンジ色のナトリウム灯も点灯するはずなのだが。

明るいトンネル
これは本来のトンネルの明るさです。高速道路のトンネルは、入り口では昼間と同じよう明るくし、除々に暗くしていきます。そうすることで、トンネル内の暗闇の恐怖にからまれて急な減速をすることがなくなり、入り口付近の渋滞を防ぐことができます。
トンネルに入ったとたん、昼間の明るい太陽光から急に真っ暗闇になるのは、危険な気がします。このため、必ずヘッドライトを点灯することです。
震災前は、トンネル内には明るい照明が輝いていて、そのためか無灯火でトンネルに入る車も多く見かけました。ところが、震災後の現在は節電でトンネル内が暗く、無灯火で入るのは非常に危険です。赤いテールランプも点灯していなく、追突事故も起こしかねません。下手すると、何十台も絡む重大玉突き事故につながります。
トンネル内は、救出困難を極めます。煙にまかれて、一酸化炭素中毒を起こす危険があります。多数の死傷者が発生する危険もあります。
これからゴールデンウィークにかけて、お出かけする車も多いことでしょう。トンネル内は、必ずヘッドライトを点灯し、慎重に走行してください。
つまらないお願いですが、よろしくです。


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北関東自動車道 新規開通区間その3

北関東自動車道の西行きを走った後、今度は東行きを走ります。

太田桐生IC
太田桐生ICから、東を目指す。全通により、標識が変わった。

全通前の太田桐生IC
全通前の太田桐生ICの標識。2011/01/09撮影

災害派遣車両
東北の被災地に向けて、自衛隊の災害派遣車両も走っていた。

太田桐生から東への距離
足利まで9km、佐野田沼まで17km。東北道東京まで114km、福島(市)まで218km。

渡良瀬川の橋
渡良瀬川の橋を渡る。長さ400m。栃木県へ。

五十部トンネル
1本目、五十部(よべ)トンネル。

五十部トンネル
長さ480m(東行き)。

大岩トンネル
2本目、大岩トンネル。長さ930m(東行き)。

北郷トンネル
3本目、北郷トンネル。

北郷トンネル
長さ690m(東行き)。このトンネルを出ると、足利IC。

足利IC
足利IC出口。国道293号へ接続し、足利市街、または佐野市田沼へも行ける。

足利ICからの距離
足利ICからの距離。岩舟JCT・東北道まで12km。

塩坂峠トンネル
4本目、塩坂峠トンネル。長さ1050m(東行き)。

塩坂峠トンネル内
塩坂峠トンネル内。やはり節電のため照明が減らされている。

フルカラー表示の広域情報板
広域情報板も、フルカラー表示になった。「常磐道いわき中央~常磐富岡 全面通行止」原発事故により避難区域に指定されているため。

次の休けい施設までの距離
次の休けい施設までの距離。出流原PAまで2km、北関東道壬生PAまで28km、東北道佐野SAまで13km、都賀西方PAまで25km。

出流原トンネル
5本目の出流原(いずるはら)トンネル。トンネルを出るとPA。

出流原トンネル
長さ190m(東行き)。北関東道のトンネルでは最も短い。すぐ向こう側が見える。

出流原PA入り口
出流原PA入り口。

出流原PA付近
出流原PAあたりから、しばらく平地を走る。

佐野田沼IC
佐野田沼IC出口。この先再び、長い唐沢山城址トンネルに入り、トンネルを抜けた直後、東北道へ接続する。

以上、北関東自動車道、新規開通区間のドライブでした。



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北関東自動車道 新規開通区間その2

東北道岩舟JCTから北関東道に入り、出流原PAで休憩した後、太田桐生へ向かいます。
開通間もない高速道路です。ここの区間はトンネルが多く、特に現在のところ、震災にともなう節電のため、照明が減光されていて、暗いです。トンネルに入るときは、必ずヘッドライトを点灯するようにしましょう。

出流原トンネル
平野部ばかり走る北関東道だが、新規に開通した区間は、山あいを行き、トンネルが多い。
まず、1本目、出流原トンネルに入る。

出流原トンネル
長さ280m(西行き)。比較的短い。

山あいを行く
山あいの切り通しを行く。

塩坂峠トンネル
次は、2本目、塩坂峠トンネルに入る。

塩坂峠トンネル
長さ1030m(西行き)。新規開通区間で最長のトンネル。

暗いトンネル
トンネル内は節電のためナトリウム灯が点灯しておらず、暗い。必ずヘッドライトを点灯しよう。

足利IC
塩坂峠トンネルを抜けると、足利IC。上信越道坂城ICに似た光景。

山あいの道は続く
足利ICを過ぎても、山あいの道は続く。

北郷トンネル
3本目、北郷トンネル。

北郷トンネル
長さ680m(西行き)。

大岩トンネル
4本目、大岩トンネル。

大岩トンネル
長さ910m(西行き)。

五十部トンネル
5本目、五十部(よべ)トンネル。足利市の町名であるが、五十部で「よべ」とは、かなりの難読地名である。私も全然読めなかった。

五十部トンネル
長さ480m。北関東道最後のトンネルを抜ける。

藪塚の八王子山
五十部トンネルを抜けると、正面に赤城山、いや藪塚の八王子山が見える。

群馬県へ
渡良瀬川を渡って、群馬県へ。太田桐生まで1.8km。

太田桐生IC出口
太田桐生IC出口。

太田桐生IC料金所
太田桐生IC料金所。
以前は高崎からの終点であり、料金所を出て、国道122・50号只上交差点で渋滞が発生していたが、現在は解消しているようです。
北関東自動車道の新規開通区間、西行きでした。
続きまして、東行きを乗ってみます


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北関東自動車道 新規開通区間その1

東北・関東大震災のため、長らく大地震関係の記事ばかり書き込んでいましたが、ここでは久しぶりにドライブの記事を書き込みましょう。
3月19日に全線開通した北関東自動車道、最後の開通区間に乗ってきました。
開通当日に乗りたかったのですが、震災の影響で東日本は燃料不足で、どこのガソリンスタンドも行列ができていて、給油にも苦労しました。乗るのが怖かったです。
やがて関東地方は燃料不足も解消し、普段どおりに給油できるようになり、安心してドライブできるようになりました。てなわけで、開通間もない北関東道を写真中心に紹介します。

誘導案内標識
東北自動車道を走行して、岩舟ジャンクション(JCT)が近づいてくると、北関東道の誘導案内標識が見える。高崎・足利へは左へ、水戸・上三川へは直進。

岩舟JCTまで1km
岩舟JCTまで1km。高崎・関越道表示とある。

岩舟JCT
やっと関越道と東北道が接続した。

唐沢山城趾トンネル
唐沢山城趾トンネル。本来なら入り口付近にはオレンジのナトリウム灯が点灯するのだが、節電で消灯していた。写真を見ると、点灯していないのがわかります。

フルカラー表示の道路情報
トンネルを出て、佐野田沼IC手前。道路情報板も、フルカラー表示に。

佐野田沼IC
佐野田沼IC出口。つい先日までここが終点だった。しかし今は、関越道まで伸びる。

佐野田沼からの距離
佐野田沼からの距離。足利まで7km、太田桐生まで18km。新しい道路を走るぞ!

出流原PAへ
出流原(いずるはら)パーキングエリア(PA)へ入る。

出流原PA 西行き
出流原PA、西行き。

出流原PA
駐車スペースごしに撮影。

出流原PA
出流原PAは、東行き共に、トイレと自販機だけの設備。ガソリンスタンド、レストラン、売店、コンビニはない。

喫煙所と消火栓
喫煙所。となりには消火栓。

続きまして、太田桐生へと向かいます



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タバコ 震災の影響で一時出荷停止


タバコ

東北・関東大震災の影響が、嗜好品であるタバコにまで及んできてます。
というのも、全国にある6工場のうち、宇都宮・郡山の工場で建物や生産ラインが被災し、復旧に時間がかかるとのことです。
JTは、3月30日から4月10日まで、出荷を一時停止すると発表しました。
停止期間中に品切れする銘柄が出そうです。
4月11日からまず6銘柄を出荷再開し、5月中旬から「マイルドセブン」など主要25銘柄を出荷再開できる見通しです。
「ピアニッシモ」など残り72銘柄は、具体的なめどが立っていません。
5月中旬に出荷を再開する25銘柄は、タバコ売上高の3分の2を占めていて、残りの工場で生産するとのことです。
震災の影響が嗜好品にまで及んできました。
これを機会に、禁煙しようか・・・

震災の影響、ダメージは、直後には現れず、後になってきいてくるものです。

カゼと同じです。ひき始めより、直りかけがつらいです。ひき始めでは、だるいものの、味がわかり、若干食欲もありますが、直りかけでは味がわからなくなり、食事は全部鼻水味になって、食欲もわきません。
震災も同様で、地震直後は、震災前の水準をかろうじて保っているのですが、数日、数週間たって、震災のダメージが効いてきます。震災前の状態に復興するには、時間がかかります。

日本経済の復興に、期待しませう!。

ケータイの緊急地震速報

東北・関東大震災が発生して2週間がたちました。
きょう、震災による死者が1万人を突破してしまいました。1万人の死者は、1855年10月3日の、安政江戸地震に匹敵します。M6.9、震源の深さは10kmと、典型的な直下型地震です。阪神・淡路大震災と同じタイプの大地震です。
M6.9と、比較的小さな地震で、被害を受けた地域は直径20kmと狭いですが、過密都市江戸の町を襲ったことで、多数の死者が出てしまいました。
中でも江戸の下町、現在の東京都江東区・江戸川区・中央区付近などの被害が大きかったですが、新宿・目黒あたりなどでは、被害はさほどありませんでした。

ところで、最近の携帯電話には、緊急地震速報が受信できるようになっています。
私はauの携帯電話を使用していて、無料のCメールで受信する仕組みです。地震速報の着信音が鳴ると、数秒後に大地震が来ますぞ!と知らせます。

緊急地震速報履歴

緊急地震速報履歴
緊急地震速報の履歴 Cメールメニューで参照できる

緊急地震速報の詳細
緊急地震速報の詳細

メールを受け取る時の音が、こわい!
ヴ~~ア!ヴ~~ア!ヴ~~ア!・・・
同時にバイブも作動します!
表現がヘタでごめんなさい。
震災から2週間が経過したいまでもたびたび余震が発生しています。あの受信音を聞くたびにビビリます。
なお、3月11日14時46分の本震の際には、緊急地震速報はありませんでした。関東地方にいて、震源が遠かったからでしょうか。東北地方では震源が近かったから、あったと思います。

震災の影響で電車の部品調達が困難に

震災の影響は、思わぬところに出てきています。
電車の運行自体もそうですが、部品調達が難しくなって、運行に支障をきたしそうです。
その部品は、モーターに使うもの。
直流モーターに使用するカーボン・ブラシです。一言でいえば、成分は鉛筆やシャープペンの芯そのものです。もっとも鉛筆の芯よりさほど持ちますが。
直流モーターは、起動時に最大の力を出します。数十トン、いや長大編成では数百トンもある重い車両を、それも停車している状態から動かすには、最大、とてつもないな力が必要です。直流モーターは、その特性を備えたモーターです。そのため、電車が発明された19世紀から現代まで多く用いられてきました。
しかし、モーターの回転部分に、電気を供給する必要があるため、カーボン・ブラシを用いています。
カーボン・ブラシは、日立化成工業で製造されていて、素材は茨城県日立市、最終的な部品は福島県浪江町で製造しています。
ところがいずれも今回の東日本大震災の被災地である上、特に後者は福島第1原発の避難勧告区域に指定されていて、震災以来操業が停止しています。当然製造・供給ができない状態が続いています。
JR東日本の在来線電車のうち、約12%にあたる1800両、JR西日本の在来線電車のうち、約半数の2300両に支障が出るといいます。対象になるのは、国鉄型車両と、90年代初期までのJR型車両です。
JR東では、215系までの車両、代表的な車両は205系・211系など、JR西では、221系までの車両です。

JR205系電車
JR205系電車。武蔵野線のVVVFインバータ改造車両を除き、直流モーターを使用している。

JR東・西共に、1993年以降すべてカーボン・ブラシの不要な交流モーターのいわゆるVVVFインバータ電車に切り替わりました。VVVFインバータ制御は、まあ、インバータエアコンの温度制御みたいなものです。夏暑いとき、あるいは冬寒いとき、エアコンのスイッチを入れた時は最大のエネルギーを使い、しかるべき温度になると風量や電力が微量になるものと申せましょう。JR東では209系より製造・量産が進み、さらに21世紀に入って、E231・E233系が大量投入され、103系など国鉄型電車を置き換えていきました。
いっぽう、JR西では、207系や223系など、VVVF電車が製造されていきましたが、置き換えのテンポは遅く、未だに103系や115系など国鉄型電車が多く在籍しています。
カーボン・ブラシは、消耗品で定期的に交換する必要があります。
ところが震災の影響で供給されなくなって、交換できなくなるため、JR西では、4月から一部の在来線で列車の運行本数を減らすと発表しました。車両の使用頻度を減らす目的で、関西圏では通常の9割程度、北陸・中国地方では7~9割程度の運行本数になります。特に直流モーターの車両(国鉄型)を多く使用する路線です。特に国鉄型しか走らない路線は、深刻です。
震災の影響が、西日本にまで広がってしまいました。

ところで、計画停電を現在行っている影響で、首都圏では電車の運行本数を削減してますが、現代の省エネルギ電車である分、計画停電でも多くの電車を走らせることができるのです。

従来の半分以下の電力で走っています
古いですが、京浜東北線209系の車内にあったステッカー。
「この電車は、従来の半分以下の電力で走っています。」
※省エネ電車209系の消費電力は103系電車の約47%(10両編成の場合)

これが昔の国鉄だったら、どうなっていたのでしょうか。昔の電車は、現在に比べて電気を2倍以上食い、計画停電でも、通常の8~9割どころか、半分も運転できなかった、最悪運休になっていたことと思います。
計画停電も、発電所が復旧したことや、節電効果もあり、しだいに小規模になっていきました。
ただし、問題は夏です。いうまでもなく冷房を使用する季節です。対象外になっている東京23区内も、計画停電を行うとあります。
今年の夏はどうしようか・・・

東北新幹線 復旧早くて1ヶ月

東北・関東大震災は、鉄道などのインフラを破壊した。東北地方のJR線などは、甚大な被害を受けた。
東北新幹線は、那須塩原~盛岡間で、未だに運転再開のメドが立っていない。
最低でも1ヶ月以上かかる見通し。
東北新幹線全体で、震災による損傷は1100箇所にもなる。高架橋にひびが入り(約100箇所)、架線柱が傾く(約470箇所)など損傷が激しく、現在修復作業が進められている。現在の復旧率は約3割という。

1995年の阪神・淡路大震災で倒壊した、山陽新幹線新大阪~西明石間や、2004年の新潟県中越地震で脱線した上越新幹線越後湯沢~長岡間でも、復旧に2~3ヶ月かかったのだから、やむを得ないと思う。
阪神や中越地震の場合は、被害区間が約50kmくらいと短かったが、東北・関東大震災の東北新幹線の場合は、被害区間が比較的長距離にわたるため、復旧作業も並大抵ではない。
さらに、JR東日本は東北地方の在来線も復旧しなければならない。過去の大震災に比べても、非常に広範囲であるため、復旧費用も相当かかるようだ。
東北本線・常磐線といった幹線鉄道だけでなく、三陸海岸沿いのローカル線も復旧しなければならない。しかし、三陸沿いを走るローカル線は、1日10本以下しか運行されない過疎路線。復旧するかしないか議論が出そうだ。
JR東は、首都圏の鉄道も、計画停電の影響で減便・運休を余儀なくされている。
もっとも、震災直後に比べれば列車の運行回数も増えつつあるが、JR東は、東北地方で大損害、関東地方で大減便と、減収が見込まれると思う。
JR東のフラッグシップである、東北新幹線の全面復旧に、期待したい。そして、E5系「はやぶさ」の運転開始を待っています。
3月12日には、東北新幹線「はやぶさ」が運転開始するはずだった。
東京~新青森間を従来の「はやて」より10分早く結び、さらに、「グランクラス」というスーパーシートが売り。
E5系「はやぶさ」待望のデビューする矢先に大震災が発生してしまった。
東北新幹線が全面復旧したら、どのようなダイヤが組まれるのか。
今後のゆくえを追いたい。

燃料不足解消へ 交通網も少しずつ復旧へ

東北・関東大震災の死者が9000人を突破しました。
まことに遺憾な限りです。
震災以来続いている燃料不足、関東でもガソリンスタンドに行列を作って給油を待っている車の姿が見られますが、関東においては、製油所が再開し、道路事情もよくなったことで通常並みに回復しつつあり、行列は解消しつつあります。
通常営業に戻すスタンドも現れつつあります。
いっぽう、東北では、相変わらず燃料不足です。西日本や北海道から東北に輸送したくても、輸送できない状態が続いてます。先日、出光塩釜油槽所に震災後初のタンカーが入港し、鉄道輸送も再開して、必要量は運べる見通しだが、末端のスタンドに十分に行き届くには、道路事情もあり幾日かかるそうです。

鉄道も回復しつつあり、東北新幹線は盛岡~新青森間で本日、運転を再開しました。
東北本線も盛岡~一関間で復旧。ただし新幹線・在来線共一部列車のみ運行します。

高速道路では東北自動車道一関IC以北・八戸自動車道安代JCT~南郷間、山形自動車道宮城川崎~笹谷間で、一般車両通行可能になりました。
被災地の交通手段は少しずつだが、回復が進んでいます。

今週の計画停電予定

東北・関東大震災の影響で続いている計画停電。今週も行うことになりました。
19~21日は計画停電を行わなかったが、22日以降は平日であり、企業活動が活発になることから、行う予定。

今週の計画停電は次の日程で行われる予定

<3月22日(火)>
第5 06:20~10:00は見送り
第1 09:20~13:00
第2 12:20~16:00
※第5 13:50~17:30
第3 15:20~19:00
※第1 16:50~20:30
第4 18:20~22:00

<3月23日(水)>
第1 06:20~10:00
第2 09:20~13:00
第3 12:20~16:00
※第1 13:50~17:30
第4 15:20~19:00
※第2 16:50~20:30
第5 18:20~22:00

<3月24日(木)>
第2 06:20~10:00
第3 09:20~13:00
第4 12:20~16:00
※第2 13:50~17:30
第5 15:20~19:00
※第3 16:50~20:30
第1 18:20~22:00

<3月25日(金)>
第3 06:20~10:00
第4 09:20~13:00
第5 12:20~16:00
※第3 13:50~17:30
第1 15:20~19:00
※第4 16:50~20:30
第2 18:20~22:00

<3月26日(土)>
第4 06:20~10:00
第5 09:20~13:00
第1 12:20~16:00
※第4 13:50~17:30
第2 15:20~19:00
※第5 16:50~20:30
第5 18:20~22:00

<3月27日(日)>
第5 06:20~10:00
第1 09:20~13:00
第2 12:20~16:00
※第5 13:50~17:30
第3 15:20~19:00
※第1 16:50~20:30
第4 18:20~22:00

以上時間帯の最大3時間停電する。

※需要が増加し、供給力の不足が懸念される場合は、同日の第1、第2時間帯のグループをそれぞれ13:50~17:30、16:50~20:30の時間帯で追加する場合がある。

※グループ毎の時間帯は、開始・終了時間が多少前後することがある。

※当日の需給状況によっては、予定していた計画停電を実施しない場合がある。
特に土曜・日曜。

※計画停電を実施しているグループに近接する地域についても停電する場合がある。

※茨城県は、被災地が含まれるため対象外だが、隣の県から需給している地域は、
計画停電する場合がある。

各グループのエリアについては、東京電力ホームページをご覧ください
http://www.tepco.co.jp/


大正時代の関東大震災

今回の東北・関東大震災は大地震より大津波の被害が大きく、地震の揺れである1次災害より、津波の2次災害がはるかに大きかった。
津波さえ襲わなければ、死者は激減していたかもしれない。
実は、大正時代の関東大震災も、2次災害の方がはるかに被害が大きかった。
1923年(大正12年)9月1日11時58分、関東地方を強い揺れが襲った。今から約90年前のことだから、ほとんどの都民は経験していない。大正時代の関東大震災で東京や横浜は激しい揺れに襲われた。その後発生した火災が、瞬く間に拡大し、特に東京といった住宅密集地は、隣の住宅に炎が延焼しやすく、東京市内は一瞬にして火の海と化した。中でも東京下町、現在の墨田区本所あたりはひどく、火災旋風が発生し、タンスまでも炎に舞い上がった。10m以上も舞い上がったという。都心という住宅密集地で、逃げる場所もなく、住民はそのまま炎にまかれるしかなかった。
最終的には10万人以上もの死者、4万人の行方不明者を出す大惨事となった。
さらに、地震後流れたデマによって、大量の朝鮮人が虐殺される事態も起きてしまった。
ところで関東地震は、マグニチュード7.9と、さほど大きな地震ではない。
地震で直接死亡した人は、当時の東京市で約1800人である。これだけでも大惨事であるが、残りのほとんどは火災に巻き込まれて死亡した。地震で直接死亡した人の割合は、他の地域も含めてもわずか2%くらいである。
実は、江戸時代にも、元禄江戸地震が、1703年に発生している。このときの江戸の人口は約100万人だった。うち死者は数千人と思う。しかも江戸時代の大地震が激しく揺れたという。
大正時代の東京市の人口は約200万人と、人口は2倍になっただけなのに、死者や被害は30倍以上になった。大都市のもろさが露呈した。
しかも当時の東京市は、現在の東京23区ではなく、東京駅や、上野駅、浅草、本所などといった狭い地域だった。他の地域、渋谷や新宿などは東京府の郡部だった。東京市が現在の23区と同じになるのは、昭和に入ってからである。
もしも現在の東京で大地震が発生したら、どうなることやら。
たいていの大地震は、火災や津波といった2次災害が恐ろしい。
毎年9月1日は防災の日と定め、避難訓練など行っているが、その成果が出るのだろうか。
今回の大地震で、都内でも7人が犠牲になった。そして、交通機関の運行に支障が出ている。

津波被害の恐怖

今回の東北・関東大震災は、大地震のあと、大津波が襲う甚大な災害となった。

岩手県大槌町
岩手県大槌町の震災後 被災した市町村で、唯一首長(町長)が遺体で発見された。

陸前高田市
岩手県陸前高田市の震災後 3階建てのビルも甚大な被害を受けた。

大船渡駅前
岩手県大船渡市 大船渡駅前の震災後
いずれも大津波に飲まれ、壊滅状態となり、市街地だった面影はなくなってしまった。

脱線した仙石線の電車

脱線した仙石線の電車
宮城県東松島市 津波で流され、脱線した電車

今回の大震災は、東北・関東地方で激しく揺れた後、猛烈な大津波が襲った。
最初の地震の際は、東北・関東地方のほぼ全域を震度6強・弱(宮城県では震度7)を襲った。その後、海岸沿いを大津波が襲った。地震の直接被害より、津波の被害がはるかにひどかった感である。
東北地方太平洋沿岸は、昔から津波の被害をたびたび受けてきた。
1896年の明治三陸地震津波、1933年の昭和三陸地震津波、1960年のチリ地震津波など、たびたび被害にあってきた。いずれも大地震の直接被害はほとんどなかったが、津波が襲った。明治・昭和三陸地震津波こそ死者数万人を出す甚大な被害をもたらしたが、チリ地震津波のときは町の道をぬらす程度であり、津波で倒壊した家屋は少なかった。
東北太平洋沿岸の自治体は、毎年のように、津波防災訓練を実施してきた。防波堤も万全の対策をしてきた。特に岩手県宮古市田老町では、高さ10m、延長2.5kmの防波堤を40年以上かけて完成した。
しかし今回の想定外の大津波では、そんな対策も通用しなかった。高さ最大15mでは、田老の防波堤でも無理だった。陸前高田市、宮城県南三陸町などでも、今回の大津波は自治体でも、もちろん住民にとっても想定外だった。3階建て以上の建物でさえ、津波に丸ごと飲まれて、かろうじて4階以上に逃げて助かるありさまだった。
気仙沼市では、海岸沿いにあった石油タンクが津波で破壊され、海水と石油が混ざった濁流が市街地を襲った。そのため津波が引いた後、火の海と化し、何日間も燃え続けた。
福島第1原発も、大津波に襲われ、冷却用の電源装置が破壊されてしまい、冷却が困難になり、外部から海水を放水、ヘリコプターから放水を余儀なくされた。それでも放射能はわずかながら外部に漏れ出てしまった。原発から半径30km以内は、避難勧告が出され、避難生活が続いている。さらに、県外へ避難する住民も出ている。
福島第1原発は、震度7の大地震を想定して耐震性は万全なものの、今回の大津波は想定していなかったと思われる。まさか10mの大津波が来るとは思ってもなかっただと思う。

津波が来るまで、たえず激しい揺れが続き、高台へ避難するだけでも命がけだったと思う。仙台市若林区や、仙台空港がある名取市は、比較的平坦な土地で、高台といった逃げ場がなく、そのまま命を落とす人々も多かった。
日本三景の松島町では、松島湾を周辺に無数の島々があったから比較的被害が少ないものの、それでも海岸沿いの道路が水浸しになった。
今日、東北・関東大震災の死者が8133人となり、警察に届け出てある行方不明者は2万人を超える。
今後も死者は確実に増える見通し。そんな中、石巻市で、震災から10日目にして、奇跡的に2人の生存(80才の女性と16才の孫・男)が確認された。倒壊した家屋から発見され、水とヨーグルトで飢えをしのいでいたという。
今後も懸命の救助活動をし、1人でも多くの生存者を救助できることを、祈りたい。

ありがとウサギ

公共広告機構
さいきん、大震災関係のニュースが多いのか、ACのCMばっかりです。

中でも、

ありがとウサギ
こんにちは こんにちワン
ありがとう ありがとウサギ
まほうのことばで
たのしいなかまが

あいさつするたび
ともだちふえるね

あいさつを大切にしようのPRでしょうか。

他にも、乳がん検診、脳卒中予防、話しかけましょうとか、思いやりのPRもあります。
そのCMばっかりです。もう慣れちゃってしょうがない。

木炭バス

東北・関東地方では、震災の影響で燃料が不足してますが、戦時中に比べれば、まだまだましですよ。
日本は、石油はほとんど輸入にまかなっていますが、石油がない国は、今も昔も同じです。
昭和10年代、日本は戦時体制に突入し、石油の輸入が難しくなるため、当時のバス、鉄道の内燃動車(ガソリンカー)の運行に支障が出て、使用不能になっていきました。
戦時中に考案され、戦時下で庶民の足だったのが、木炭を燃料にして走るバスでした。
日本は、大半が山地で、森林資源が豊富にあり、木材を炭化した、木炭を燃やしてガスを発生させ、そのガスでバスを走らせるものでした。バスの後部(リア)にガス発生器を取り付けていました。
しかし、木炭だけに馬力は極端に弱く、エンストもたびたび発生し、坂道を上れず、そればかりか、乗客は全員降ろされた上、バスを後ろから押していたといいます。
そればかりか運行の3時間以上前から木炭をたいて、ガスを発生させなければなりませんでした。
やがて終戦を迎え、石油の輸入が再開されると、非力で取り扱いも不便な木炭車は姿を消しました。

戦災復旧車両(東北・関東大震災から10日目)

東北・関東大震災から10日目を迎えましたが、未だ20万以上の人々が避難生活を強いられているようです。
福島県浜通りでは、原発の放射能物質の影響で、県外へ避難する人々が多くなり、中には町ぐるみで
避難するところも現れました。
近畿地方など西日本へ避難する人々も多く、西へ向かう東海道新幹線や、空の便は、満席の列車、便が多くなっています。

ところで、大震災にともない、東北地方の被災地はもちろん、関東でも品物が不足していて、中でもガソリンが不足して、どこのスタンドも数十台の車の列ができていて、給油できるかどうか不安です。
最悪の場合、1時間近く待ったあげく、自分の番になって品切れたときです。
これほどガックリすることはありません。
大震災によって、関東・東北の製油所の半数以上が被災し、生産がストップした上、道路が寸断されて輸送できないのが原因です。
しかし、製油所も操業再開してきていて、今週中ごろには、関東の燃料不足はやわらぐ見込みです。
東北地方においても、少しづつではあるが緩和されるものと思います。

計画停電においては、きょうは昨日につづいて行わない予定です。
ただし、明日においては、きょうに比べて気温が下がるため、行う可能性があります。
鉄道の運行では、引き続き減便して運行します。
休日は、通勤通学客は少なく、影響は少ないものの、平日はやはり問題です。ラッシュ時でさえ間引き運転していて、計画停電の初日は大混乱し、駅に長蛇の列ができました。
通常ならなんなく電車に乗れたのに、いまは電車に乗るのも一苦労です。
ダイヤが減便されては、今までの時刻表も役にたたず、無ダイヤ状態に近いものです。それでも、停電を理解していて、暴動が起きず整列乗車するなど乗客全員がマナーを守っていました。
すばらしい光景です。外国人は絶賛していました。
戦争直後みたいに、何が何でも乗るばかりに、電車に乗れなかったら窓枠につかまり、連結器の上、さらには屋根にまで上って乗車する光景は、さすがに見られませんでした。戦争当時にくらべて、国民のマナーが飛躍的に向上したのです。

終戦当時は、空爆で損傷し、あるいは部品の調達ができずに修理できなくて動ける電車が少なく、その分、本数を減らして運転しました。
その後、鉄道での移動が増えたのですが、新しい車両を作る材料・労力など戦場に出向いて不足してました。国鉄には63形電車、私鉄にも一部導入されました。
粗悪な材料を使用し、各部の工程は簡略化され、車内は天井板は張らず、たるきがむき出しであり、照明器具も裸電球で、座席もドアエンジンを覆う場所以外設置されません。当時のバラック住宅同然の電車でした。
車両と車両を行き来できる通路もなく、非常口として扱い、窓はガラスが不足していることから、3段窓としました。上中下のうち、中段は固定式です。
そうした粗末な構造の電車は、後に桜木町事故を起こし、電車が全焼する大惨事を招く一因となりました。
63形電車は私鉄にも導入されましたが、20m4扉と大型であり、17m級3扉車両を多用していた当時の私鉄には大きすぎて、使い果たせないまま、他社へ譲渡したものもありました。
その反省から、私鉄には中型の運輸省規格型電車が投入されました。
戦前の車両より若干大型にとどめ、会社間を問わずデザインを統一、外に張る鉄板は戦争の被害を受けたもので、またガラスも不足して、窓は小型で、それも大型ガラスは使えず窓間にサンが入ってました。
この他、私鉄内で戦災した車両に加え、国鉄からの戦災車両も仮復旧して運行していました。ゆがみが激しい電車も多く見られました。
それでも足りず、車内の座席を取っ払ったりもし、それでも超満員で、どうしても乗りたいばかりに屋根に上ってまで乗車したのです。

やがて、戦後の混乱も落ち着き、整備されて動ける電車も増え、座席も復活していきました。戦争直後に製造された粗悪な電車や、戦争で被災した電車も、時代がたつにつれて、大修繕なり車体更新などでまともな電車へ整備されていきました。
戦争を知らない世代の人が、こんなこと語るのは申し訳ないですが。

以上、戦後の話になってしまいましたが、今回の大震災は、戦後最悪の災害です。
みなさん、日本の復興をめざして、がんばりましょう!

震災から9日目 セ開幕29日に

今日は、東北・関東大震災から9日目。
高速道路も除々に復旧し、北関東自動車道が太田桐生~佐野田沼間を最後に全線開通した。しかし、救援物資車両はその3日前から通行可能であった。
開通したのだから私も乗ってみたいのだが、大震災の影響でガソリンが不足して、浪費したくない。
だから当分、無駄な外出はできない。のんびり悠長にドライブしたくない。のんびりドライブできるのは、まだまだ先だろう。
関東地方では、今日は暖かく、暖房の使用も少なかったため停電はなかったが、明日も停電の予定はないという。ただ、明日は天気がくずれ、午後から雨か雪が降るという。
21日(月)も、天気がくずれ、雨が降るという。このため気温が下がり、暖房需要が増えるため、停電を実施する場合がある。

停電が深刻になると、プロ野球はどうなるのか。
当初セ・リーグの開幕は25日(金)だったが、世間から批判が根強く、29日(火)に延期されることが決まった。4月3日(日)までは東京や東北電力管内ではナイターを行わず、デーゲームで行う。5日からはナイターだが照明を落として試合する。シーズン中は、西日本で開催する場合はともかく、関東や東北で開催する場合は、観客が来るのだろうか。鉄道も道路もまだ健全でないのに。特に電車は通常の半分しか運転しておらず、ラッシュ時の運転にも支障が出ているのに。
今シーズンは延長戦を行わない方針。
今年の日本シリーズはどうなるのか。

震災から1週間

きょう、東北・関東大震災から1週間を迎えた。
残念なことに、死者6911人と、阪神・淡路大震災を超えてしまい、戦後最悪の自然災害となってしまった。
さらに行方不明者も1万人を超え、死者とあわせると1万7千人にのぼる。余震も相変わらず続いている。じっとしているだけで、ゆれが感じる。

しかしそのいっぽうで、交通網は除々に回復しつつある。
東北自動車道は浦和~宇都宮間は19日正午より通行止め解除になり、東北道と接続する北関東自動車道も、同日正午栃木~茨城間は全面開通する。岩舟JCT~佐野田沼間も開通。
また同時に未開通区間佐野田沼~太田桐生間も開通。当初は午後3時の予定であったが、予定を早め正午とした。
これにより北関東自動車道が全通するが、震災復興の最中の開通となった。
いっぽう福島県白河~本宮間は復旧まで1週間の見通し。
関東と仙台を結ぶ高速バスも、除々にではあるが運転を再開している。
秋田新幹線「こまち」も、盛岡~秋田間4往復ではあるが、18日より運転を再開した。
東北新幹線は、すでに東京~那須塩原間が復旧しているが、それに続き、盛岡~新青森間も23日に復旧する予定。
被災地を縦断する国道45号は、仙台市~八戸市間で97%が通行可能。
通行できない箇所は、
岩手県宮古市~釜石市、大船渡市~宮城県気仙沼市、南三陸町~仙台市の区間。
国道4号から上記区間の市町へのアクセスは可能。

以上、かんたんではあるが、復旧状況・交通網状況でした。

震災から1週間 進む円高・株安

東日本大震災から7日目、1週間になろうとしている。ダメージから少しずつ回復しつつある。
TVでは、久しぶりに震災以外の番組が見れるようになりつつあるものの、依然として厳しい状況。品不足は続いているし、計画停電も続く気配。
今日の東京為替市場は、朝から円買いが進み、一時1ドル=76円25銭まで急騰し、1995年4月の戦後最高値79円75銭を16年ぶりに大きく更新した。
その後3円ほど値を戻したが、終値は79円21銭と、戦後最高値を更新した。1995年というと、阪神・淡路大震災に続いて、オウム事件が相次いだ年だった。
きょうの日経平均株価も、前日比131円05銭安い8962円67銭で、取引を終えた。

きょうは、東北地方はもとより、関東地方でも寒かった。
特に東北地方の被災地では雪が降り、早朝は氷点下の気温に下がるなど、避難生活にとっては過酷である。現在も数十万の人々が避難生活を強いられている。避難所には暖房器具があるものの、その数は少なく、寒い。カゼをこじらせる避難者も増えてきているが、薬が不足していて、健康状態が心配だ。
今回の大震災で、犠牲者がついに5,000人を突破してしまった。行方不明者も2万人を超える。
6,432人の犠牲者を出した阪神・淡路大震災を超えるのは必至だ。
福島県では、福島第1原発の放射能漏れの不安から、県外に脱出する避難者なども増えてきている。茨城県・新潟県・山形県といった近隣の県だけでなく、遠く西日本へ脱出する避難者も出てきている。
一日も早い、原発放射能の沈静化を祈りたい。

震災に伴う品不足とオイルショック

東日本大震災の影響で、東北地方はもとより、首都圏でも店頭の品不足が深刻化しています。
国内の備蓄は十分なのだが、高速道路など物流網がしゃ断され、モノが運べなくなったため、「今のうちに買いだめ」する消費者で、品薄感に拍車がかかっています。
ガソリンが不足している理由は、製油所が被災したため、操業停止に追い込まれたのです。
被災地はもちろん、首都圏でも「在庫なし」が続出する状態です。1台2000円、あるいは10リットルといった給油制限が出されている状況です。
こうした事態は、かつてのオイルショックを彷彿させます。
なかでも1973年、第4次中東戦争のあおりを受けた第1次オイルショックでは、輸入制限が出され、原油が不足することから、石油などの値段が大幅に値上げされました。
ガソリン・軽油・灯油が約2倍も値上げした他(当時ガソリンが50円台から110円台)、石油製品のみならず、石油に関係ないトイレットペーパーまでも値上げ、品薄となり、買うのに行列を作ったのは有名です。
物品を運ぶのにはトラックが必要ですが、そのトラックの燃費が異常に高くなり、輸送コストが高くなることから、トラックの使用を控えたために、物流が滞ったことと考えられます。
現在の震災と共通しています。
また、オイルショックでガソリンなど燃費が高騰したため、近くに鉄道がある地域では、マイカーから電車に移動手段をシフトしました。
その代表が、名古屋鉄道(名鉄)です。
名鉄が走る愛知県では、自動車業界最大手トヨタ自動車の工場を多く抱えていて、古くからマイカー社会が普及していました。マイカー通勤も当たり前でした。そのため、鉄道の利用客は減少傾向にありました。
ところが、オイルショックに伴い、燃料代が高騰し、コストが横ばい状態な安い電車にシフトしたため、特に名鉄は、ラッシュ時の混雑が激しくなりました。
1970年代前半の名鉄は、パノラマカー7000系はもとより、旧型車もほとんどが2扉、転換クロスシート車両でした。ドアが少なく通路も狭いため、乗降に手間取り、電車の遅れも問題化していました。
運輸省名古屋運輸局(現・国土交通省中部運輸局)からも、名鉄に是正勧告する始末であり、名鉄は対策として1975年、東急目蒲線(当時)の中古車、3扉ロングシート車両3700系を、購入しました。
東急では緑の塗装だったのを、赤色に塗り替え、3880系として、最混雑路線の犬山線に投入されました。(後名鉄各線に活動範囲を拡大)
その結果、ラッシュ時の混雑、遅延改善の確認がされたため、1976年の6000系以降、21世紀の現在に至るまで名鉄の車両は原則として、3扉の車両で製作されることになりました。
3扉導入後も、最初はクロスシートだったのだが、やがてロングシート主体になっていきました。
特急車両は、指定席車両(ミュー・シート)は2扉、一般車両(自由席)は3扉です。
名鉄の話になってしまいましたが、現在の品不足は、かつてのオイルショックを彷彿させる光景です。

計画停電で鉄道はラッシュでも減便

東日本大震災が発生してから5日目。
震災に伴い、計画停電を実施しているのだが、そのせいで、鉄道の運行にも支障を及ぼしている。どの路線も、通常の半分程度しか運行できない。ラッシュ時でさえ、休日ダイヤの本数さえ運行できないところも多い。
通常ダイヤの80~90%が確保できているところもあれば、20~30%しか確保されないところもある。
となると、毎日の通勤通学客はつらい思いをしている。積み残しも多数出ているのではないだろうか。
会社へ出勤、学校へ通学したくてもできない。あるいは遅刻も常態化していると思う。
今や、ガソリンも貴重な燃料だが、電車も貴重な交通手段になっている。
阪神・淡路大震災など、過去の大地震でさえこれほどの運行本数削減は、なかったとおもう。
1995年の阪神大震災でも、運行再開した大阪~神戸間のJR西・私鉄は、区間運転のみ対応し、本数は通常と変わらなかったと思う。もっとも、線路が寸断されて入出庫できずの電車は、本数が削減されたと思うが。また被災地域周辺でも、計画停電はなかった。
発電所が阪神間では少なかった、あるいはなかったのだからと思う。また神戸市を中心に、尼崎市から明石市までと、淡路島北部といった非常に狭い被災地域だからだろうか。
新潟県中越、中越沖地震でも、計画停電はなかった。やはり新潟県長岡・魚沼・柏崎などといった、被災地が狭いからだろうか。
中越沖地震は、2007真夏に、電力需要が増大する冷房シーズンに発生し、8月には埼玉県熊谷市で日本最高気温40.9度を記録するなど、埼玉・群馬県など軒並み40度を越える酷暑日もあったが、それでも計画停電はなかった。
阪神にしろ、新潟にしろ、電車の運行も、線路が大地震で破壊されたという物理的な理由でできなかった。
今回は、東日本といった広範囲で大地震が発生し、やはり、発電所が相当なダメージを食らったのだろうか。
ダイヤの乱れが少ない優等生という京浜急行でさえ、今回の大地震にはお手上げである。
どの路線も、運転再開しては運休し、運休しては運転再開・・・
やはり計画停電の影響である。
計画停電(輪番停電)にしても、実質初めてであるため、非常に混乱をする。いったい、いつおさまるのだろうか。
また、計画停電の影響は、電化路線に限らない。非電化路線でも同様である。電車の路線はともかく、非電化のディーゼルカー路線(久留里線・関東鉄道など)も運転を見合わせる。
非電化路線というと、電気を使わない、架線・パンタグラフがないディーゼルカーなので、電気は関係ないと思うが、じつは、非電化路線も電気を使う。もちろん燃料も必要だが。

関東鉄道常総線大宝駅

いくらディーゼルカーでも、電気信号機は必要。運転保安上、信号機は必要。さらに、駅の照明も必要なのだ。

関東鉄道下妻駅

たとえタブレット式でも電気は必要。昔の腕木式信号機でさえ、電気は必要。鉄道も道路と同様、信号機で管理されます。
駅の信号機が青なら出発進行!赤なら出発停止!
信号機が故障なら、運行を停止しなければならない。
信号を制御する電気が来ないなら、運休しなければならない。
さらに、電気作動の、踏切も必要です!
鉄道は電化・非電化にかかわらず、電気が必要なのです!

一日も早い電力改善に、期待しています。

福島原発と株価暴落

東日本大震災が発生してから5日目。TV・ラジオで聞く内容も、被害がひどい福島第1原発中心になってきました。
福島第1原発は、1~4号機4基のすべてが壊滅的なダメージを受け、以前から水素爆発など起きてきたが、きょうになって、2号機から爆発音がし、放射性物質を閉じ込める格納容器が損傷し、3号機付近で午前10時半、年間被ばく限度の400倍に相当する1時間あたり400ミリシーベルトの放射線量を記録した。400ミリシーベルトという数値は、原発従業員の年間被ばく限度量の8倍。
250ミリシーベルトで、白血球の一時的な減少がおきるとされる。
現在、注水作業が行われているのだが、危険な状態はつづく。
現在、福島第1原発から半径30kmの範囲は避難勧告の指示が出ている。従来は20kmまでの範囲だったが、2号機の爆発で今回30kmまでに拡大。20~30kmは屋内待機の指示が出された。窓は閉める。極力外出はしない。やむを得ず外出する場合は、服でなるべく露出しない。マスクをする。
帰ってきたら服をポリ袋に入れ、密閉する。といった指示がだされている。

なお、今朝の事故の影響か、東京株式市場は、震災以来下落していたのだが、特に本日午前の取引終了後は、前日9620円49銭より1015円34銭安の8605円15銭となった。下げ率10.55%は、2008年10月、リーマンショック時以来だ。
なかでも東電株や、原発関連のメーカーが急落した。3営業日で2000円近くも下落する、おそろしい急落である。
これから株価はどうなるのだろうか。

3月16~18日の計画停電

東京電力は、15日の他に、16日以降の計画停電予定も追加しました。

計画停電予定(東京電力の資料より)

3月16日(水)
第4 06:20~10:00
第5 09:20~13:00
第1 12:20~16:00
※第4 13:50~17:30
第2 15:20~19:00
※第5 16:50~20:30
第3 18:20~22:00

17日(木)
第5 06:20~10:00
第1 09:20~13:00
第2 12:20~16:00
※第5 13:50~17:30
第3 15:20~19:00
※第1 16:50~20:30
第4 18:20~22:00

18日(金・14日の当初予定に同じ)
第1 06:20~10:00
第2 09:20~13:00
第3 12:20~16:00
※第1 13:50~17:30
第4 15:20~19:00
※第2 16:50~20:30
第5 18:20~22:00
上記の時間帯のうち3時間程度の予定です。
※需要が増加し、供給力の不足が懸念される場合は、同日の第1、第2時間帯のグループをそれぞれ13:50~17:30、16:50~20:30の時間帯で追加する場合があります。
設備状況により、グループ間でエリアが変更になる場合があります。

15日の計画停電

東京電力は、明日15日にも計画停電をすると発表しました。

第3~第4~第5~第1~第2グループの順で行う予定です。

第3 06:20~10:00
第4 09:20~13:00
第5 12:20~16:00
第1 15:20~19:00
第2 18:20~22:00
のうち最大3時間程度

14日は、第5グループの一部地域でしか実施しませんでしたが、
明日はどうなるのでしょうか。

詳しくは東京電力ホームページへ
http://www.tepco.co.jp/
今後の計画停電についての記事もあります。

在庫なし

きょう、昼食を買いにコンビニへ行ったけど、大地震の影響で、
在庫が品薄になってるところが多かった。

おにぎりなし
惣菜めんはそこそこあるけれど、おにぎりは一切なくなっていた。地震直後からまったくない。

カップめんなし
カップめん類も、ほとんどない。

パンなし
パンもまったくない。入荷はいつになるかわからないという。
おにぎり、カップめん、パンともふだんはあふれるほどそろっているのに、まったくない棚には閉口した。

ガソリンスタンドも混雑し、ふだん出入りの少ないガソリンスタンドまでも、給油まちの車数十台で渋滞していた。給油制限がしかれ、それでも売り切れの店が続出している。

大地震の恐怖は、地震そのものの怖さだけでなく、物流の停滞にもある。道路などライフラインの寸断、工場の操業停止などである。
ある意味戦争と同じである。戦時中は空襲を恐れて、あるいは人手・燃料不足で物資が運べなくなるためである。戦争も、空襲や爆撃という1次的な恐怖でなく、物流停滞という2次的な恐怖が存在する。

今回の大地震についても、在庫品薄という深刻な事態。正常化するのはいつの日になるのか。

輪番停電 多くの地域で行われず

きょうは、輪番停電を行う予定で、いつもとは違い、電気に慎重になっていた。
まず、第1グループが朝6:20から停電予定だったが、見送りとなった。
第2グループも9:20~13:00の予定だったが、結局行われずに正午まできた。
第3、第4グループでも、結局停電はなかった。
第5グループは17:00から停電したとの報道があるが、グループの中でも一部の地域で行われたという。
第2グループは18:20より1~2時間ほど停電するというが、19:00になっても停電しない。結局停電せずにすむのだろうか。
きょうは停電に翻弄された1日だった。どうせやるなら思い切って停電してくれと叫びたくなる。
そのせいか、鉄道も本日は大混乱した。通常の半分、いや半分以下の本数、区間限定で運行しているところもあれば、全面運休したところも多かった。
運行情報もころころ変わり、大混乱した。運行が一転、運休したところもあった。
明日はどうなのか。

admatic

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