スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

東北新幹線 全線復旧

きょう29日は、東北復興を象徴する1日でした。
まず、東北新幹線が、仙台~一関間を最後に、全線復旧しました。震災から50日目にしてのことです。
これに伴い、青森~鹿児島間が、新幹線で結ばれるようになりました。
本来なら3月12日に九州新幹線博多~新八代間が開通した時点でそうなる予定でしたが、前日に大震災が襲ったため、東北新幹線は全線不通になってしまいました。
しかし今日、東北新幹線が全線復旧したため、新幹線日本縦断の夢が実現しました。
秋田新幹線「こまち」号も、盛岡~秋田間の在来線だけ運転していたのが、東京~秋田間全線で運転します。
また、最新鋭E5系「はやぶさ」号も、運転を再開しました。「がんばろう日本!がんばろう東北!」のメッセージと共に。東京~新青森・仙台間各1往復運転します。
なお、しばらくは次の暫定ダイヤで運転します。
下り
はやぶさ501号 東京08:44→仙台10:51→盛岡12:01→新青森12:49
はやぶさ505号 東京20:36→仙台22:42
上り
はやぶさ502号 仙台06:26→東京08:32
はやぶさ506号 新青森16:17→盛岡17:08→仙台18:19→東京20:24
福島・宮城・岩手県内で徐行運転を行うため、所要時間は震災前のダイヤより遅れ、上記の暫定ダイヤで運転します。「はやぶさ」は最速列車で、「はやて」などはさらに遅くなります。

東北新幹線は3月11日の大震災で全線が運休し、3月15日の東京~那須塩原間を皮切りに、3月22日の盛岡~新青森間、4月7日午後の一関~盛岡間が復旧していきました。が、4月7日深夜の余震発生で一関~新青森間が再び運休になってしまいました。
それでも、4月12日には那須塩原~福島間が復旧、13日は盛岡~新青森間再復旧、23日には一関~盛岡間再復旧、25日には福島~仙台間が復旧し、そして29日、仙台~一関間が復旧して全線復旧しました。
スポーツでも、楽天、ベガルタ仙台は、共に今季初、本拠地でプレーしました。
Kスタ宮城で今季初の公式戦を行う楽天。相手はオリックス。
先発は田中投手、好投し3-1で勝利。
ユアテックスタジアム仙台で今季初の公式戦を行うベガルタ仙台。相手は浦和レッズ。
前半40分のFW太田のゴールを守りきり、1-0で勝利しました。J1仙台は、23日の川崎戦に続いて連勝です。
きょうは昭和の日という祝日ですが、東北復興の第一歩を祝っているような日でした。


当ブログは人気ランキングにも参加しています。

クリックしてくれば助かります

ケータイからはここをクリック!

スポンサーサイト

国内産タバコ もう店頭や自販機になく

私は愛煙家です。でも震災の影響で国内産のJTタバコが品薄、いや売り切れになってます。
4月中旬から生産を再開しているものの、製造段階なのかまだまだ店頭に並んでません。
自販機でも売り切れがまだまだ多いです。

アメリカ産タバコ

私は代わりに、アメリカ産タバコを吸っています。KENTやPHILIPMORRISを。
禁煙も考えましたが、タバコはやめられません。やっぱりアメリカ産は口に合わないようで、国産タバコが早く店頭に並んでほしいなあ。


当ブログは人気ランキングにも参加しています。

クリックしてくれば助かります

ケータイからはここをクリック!

東北新幹線 東京~仙台間復旧

きょう25日、東北新幹線福島~仙台間が復旧し、東京~仙台間が45日ぶりに新幹線で行き来できるようになりました。
ただし、福島・宮城県内で徐行運転を行うため所要時間は最速でも通常より30分遅れ、2時間6分かかります。また、運転本数も8割程度になります。
それでも、山形空港を利用して東京~仙台間を4~5時間かかるよりはましです。
しかし、当日は停電も新白河~白石蔵王間で2度ありました。午前は順調に走ってましたが、午後になって停電のトラブルが発生しました。
23日には一関~盛岡間が復旧しており、29日には仙台~一関間も復旧し、これにより東北新幹線が全線復旧します。
当面は仙台~盛岡間も徐行運転を行うため、東京~新青森間は通常より1時間弱遅い4時間5分、東京~盛岡間も同様で、3時間16分になります。
全線復旧に伴い、E5系「はやぶさ」も、東京~新青森・仙台間に各1往復運転されます。
「はやぶさ」には、スーパーシートの豪華装備を備えたグランクラス車両があり、グランクラス料金の半額5000円を被災地に義援金として寄付するほかに、JR東日本新幹線、全編成先頭・最後尾の車両側面に、「つなげよう 日本」「がんばろう日本!がんばろう東北!」のステッカーを貼ります。
指定席は26日昼11時から発売します。
E5系「はやぶさ」は、震災前は世界最速の列車とアピールされてきましたが、震災後の現在は、東北地方復興のシンボルに位置づけられることになりました。
E5系の営業最高速度は320km/hで、320km/hで運行されるのは、宇都宮~盛岡間ですが、当該区間は震災による損傷が多く、当面「はやぶさ」の世界最速は、お預けです。
世界最速でなくても、早く「はやぶさ」の勇姿を見てみたいです。
東北地方が一日も早く復興することを願ってやむを得ません。

はやて号
宇都宮駅を過ぎ、新青森駅へ向かう「はやて」号 2010/12/12撮影
4月29日の全線復旧が待ち遠しい。


当ブログは人気ランキングにも参加しています。

クリックしてくれば助かります

ケータイからはここをクリック!

クレーン車事故現場 鹿沼

宇都宮でキハ40形を見た後、鹿沼へ向かいます。

18日朝7時45分ごろ、栃木県鹿沼市樅山(もみやま)町の国道293号で、走行中の12tクレーン車が、突然センターラインをはみ出し、向かい車線、歩道に乗り上げ登校中の小学生の列に突っ込み、6名が死亡する事故が発生しました。
クレーン車を運転していた26才の男が、翌日送検、24日逮捕されました。
彼は3年前にも鹿沼市内で小5の男子をはね、重傷を負わせる事故を起こし、その年の12月、禁固1年4か月、執行猶予4年の判決を下され、その執行猶予中に今回の事故を起こしました。
また彼には、発作を伴う持病(てんかん)があり、毎晩薬を服用するようにしていたが、事故前日の晩、薬を飲み忘れ、当日の朝に飲んで、勤務先の重機会社を出発してすぐ、薬の副作用で眠ってしまったと思われます。そのため、事故は覚えていないと彼はいいます。
彼は前日深夜0時過ぎに寝て朝6時半に起きたといいます。睡眠時間6時間じゃ、十分睡眠はとれていると思うのですが。
クレーン車などの重機を(特に公道で)運転するには、大型特殊免許(大特)が必要であり、てんかんなどの症状がある場合には、一定期間以上発作を起こしていないという条件があります。しかし彼は、免許取得の際、てんかんであることを隠していて、更新の際にも隠していました。
会社で年1回行われる健康診断では、異常なく、彼は持病の申告もなかったといいます。
今回の事故を受け、大特の取得も厳格化されるのではないでしょうか。
きょうはその事故現場を通ってきました。

事故現場の地図
事故現場の地図。重機会社を出発し、鹿沼市街へ北上していた。

国道293号
クレーン車事故現場となった鹿沼市内の国道293号。対面通行ではあるものの、道路は直線で、歩道も比較的広く歩行者・自転車とポールで分離されている。が悲惨な事故は起きた。

事故現場と献花台
事故現場の献花台。今朝は容疑者の実況見分が行われていて、その際にも彼は、事故当時のことは覚えていなかったという。
4/25に入ってきた情報。事故現場付近の約170mにわたって、歩道と車道の間にガードパイプが5月中旬にまで設置されることになった。

小学校入口
被害者が通っていた小学校への入口。事故現場から数百メートル南に位置する。もうすぐ学校へ着く矢先に事故は起きた。

重機会社
容疑者が勤めていた重機会社。彼は勤務して1年だった。ここを出発して1~2分後、事故は起きた。

こんなに安全と思われる道路で、悲惨な事故は起きてしまいました。事故は起きてほしくないものです。

以上、宇都宮と鹿沼へ行ってきました。


当ブログは人気ランキングにも参加しています。

クリックしてくれば助かります

ケータイからはここをクリック!

国鉄色(?)キハ40 宇都宮にて

きょうは、宇都宮と鹿沼へ行きました。
まず、宇都宮駅にて、烏山線用のキハ40国鉄色を見てきました。

キハ40国鉄色
宇都宮駅構内に置かれているキハ40国鉄色。車ごしに撮影したため、金網ごしになってしまった。

キハ40国鉄色
改めて、車から降りて撮影。少しブレてしまったが、ようやく撮れた。
キハ40形は、国鉄時代には写真のツートンカラーは存在しなかった。昭和40年代以前のキハ20系など国鉄型気動車で採用されたカラーリングである。やはりキハ40には、赤一色が似合うと思うのだが。(厳密にはタラコ色)

キハ20 真岡駅構内
キハ20形 真岡駅構内に保存されているもの。タラコ色に塗られている。2010/05/30撮影。

古い写真ですが、烏山線塗装のキハ40形。以下は2004/08/13撮影

烏山線キハ40
烏山線塗装。国鉄末期から現在まで採用している塗装。キハ40系列は、まだまだ日本全国で活躍しているが、JR首都圏で活躍するのは烏山線だけとなった。

車内
車内。国鉄時代はクロスシートにトイレも設置していたが、JR化後、ロングシート化され、トイレも撤去された。

キハ40運転席
運転席。典型的な国鉄型である。

宇都宮のあと、鹿沼へ向かいます。


当ブログは人気ランキングにも参加しています。

クリックしてくれば助かります

ケータイからはここをクリック!

今日は寒い 計画停電が心配だった

きょう関東地方は、朝方から雨が降って、気温が上がらない一日でした。そのため暖房を使用する家庭、企業も多かったのではないでしょうか。
実は私、久しぶりに計画停電を実施するのではと心配していました。しかし現在は、震災直後に比べて電力供給は大きく改善してます。
何しろ震災直後の3月12日は、東京電力管内で約3100万kWしか電力供給できませんでした。
福島第1・第2原発だけでなく、太平洋沿岸の火力発電所も地震のダメージを食らったため、相当の電力不足でした。そのため、計画停電を余儀なくされたのです。
しかし、現在は火力発電所が復旧するなどして約4100万kWにまで回復し、3月ピーク時の約3500~4000万kWに比べても余裕があります。
3月に比べて、4月は温暖な日が多く、関東地方では雪の心配もなく、暖房需要も少なくなってくる季節です。
今夏の電力供給は、当初は4650万kWの見込みでしたが、先ほどの東京電力の発表によると、5200万kWまで供給できるメドがつきました。既存の火力発電所にガスタービンを設置、揚水発電を活用するなど、電力増強のメドがついたといいます。
ただ、8月中旬より、柏崎刈羽原発の1基が定期点検に入るため、電力供給は5070万kWに落ちる見込みとのことです。
それでも、昨年ピークだった2010年7月23日の5999万kW(ほぼ6000万kW)、平均で5500万kWには及ばず、まだ電力不足は解消されません。まだ節電が必要です。過去の実績から見て、電力消費は、8月より梅雨明け直後の7月下旬にピークを迎えることが多い気がします。
今年の夏はどうなるか?

東北新幹線 4月30日ごろ全線復旧予定

JR東日本は18日、震災で不通になっている東北新幹線を、4月30日ごろに全線、運転再開すると発表しました。GWに間に合う形となりました。
復旧の状況しだいでは、さらに数日早まる可能性もあります。
一関~盛岡間は23日(土)ごろ、25日(月)から福島~仙台間が再開、最後に仙台~一関間が30日ごろに復旧の見通しです。
不通になっている東北本線仙台~一関間を21日(木)に復旧させ、臨時快速「リレー号」を走らせる予定です。
運転再開後もしばらくは一部区間で160~210km/hの徐行運転を行い、東京~仙台間の直通運転は通常の8割程度とします。
新幹線が復旧するのはいいんですが、余震が発生してまた運休してほしくないものです。
一関~新青森間は一度運転再開したものの、7日深夜の余震発生で再び運休になってしまい、特に一関~盛岡間は当日午後再開したばかりで、つかの間の運転になってしまいました。
今度こそは、大きな地震がおきないよう、順調に復旧することを期待してほしいものです。

波打った、陥没した道路

きょうは、茨城県内を走ってきました。
下妻市内、筑波山、などを回ってきました。
茨城県内ではきょう午前11時20分ごろ、震度5強の強い地震があったばかりでした。
まだまだ余震が収まりません。しかし、きょう茨城で発生した地震は、東日本大震災の余震ではないことが判明しました。
水戸市や鉾田市など3月11日の本震では震度6弱・強を記録した地域に比べて、下妻やつくばなどの県西地域はまだましですが、それでも少なからぬ被害が出ました。

国道125号
国道125号 下妻市横町付近。この付近は3月11日の本震だろうか、それとも余震だろうか道路が波打っていた。車線規制が行われていた。

波打った国道
よく見ると、波打っているのがわかる。

亀裂
センターラインにも亀裂が入っていた。相当波打っていた。

陥没した路肩
反対側の車線の路肩は、陥没していて、電柱も少し傾いていた。車で通るのはもちろん危険。大地震の恐ろしさを改めて知った。

陥没した国道
峯(みね)T字路、県道357号(旧国道294号)との交差点付近。ここでも左側車線が陥没していた。

内町下交差点
つくば市 内町下交差点。国道125号から筑波山へのアクセス、県道14号筑西つくば線も、路面が陥没し、通行止めだった。

その後つくばセンターを散策後、つくばから常総へ向かう道でも、

茨城県道123号
茨城県道123号土浦坂東線 常総市上蛇(じょうじゃ)。ここでも路面が波打っていて、少し走りにくかった。

舗装が割れた
地震で舗装が割れた部分。

波打った縁石
路面も縁石も波打っていた。この付近でも本震では震度5強を観測した。

大地震は恐ろしい。頑丈な道路を変形させる恐ろしいエネルギーだ。地域の車にとって、普段走りなれている道も、大地震が発生すれば走りにくい道に変貌してしまう。


当ブログは人気ランキングにも参加しています。

クリックしてくれば助かります

ケータイからはここをクリック!

サイトマップ(東日本大震災特集)

3月11日、東日本大震災が発生して1か月が経過しました。これまで、震災に関する記事を書き込んできましたが、あまりに多いため、震災に関するインデックスを作成しました。

アフィリエイト・携帯アフィリ・FX株取引
ビジネス・その他
私のひとり言(ドライブ・PC・携帯・スマホ)
私のひとり言(鉄道・北朝鮮など)


あっふぃ888TU-HAN



当ブログは人気ランキングにも参加しています。

PCからはクリックしてくれば助かります

ケータイからはここをクリック!


INDEX CONTENTS

東日本大震災アーカイヴ

遅々として進まない復興・復旧
3・11大震災から2年
3・11津波
3・11
東日本大震災から1年
阪神・淡路大震災から17年
大震災から半年
節電の半年/a>
東電 福島第1 震災後の詳細データを公開
福島第1原発1号機 震災翌朝に炉心溶融か
浜岡原発全面停止で今夏どうなる
大震災から2ヶ月
阪神・淡路大震災当時の山陽新幹線
東北新幹線 はやぶさ号
東北新幹線 全線復旧
国内産タバコ もう店頭や自販機になく
東北新幹線 東京~仙台間復旧
波打ち、陥没した道路
TDL 15日再開 東北新幹線全線再開5月にずれ込む
東北・関東大震災から1か月
宮城県沖で強い余震 震災後最大級
自粛は自殺行為
経済産業省「電気予報」検討
電力使用制限令 37年ぶりに発令
計画停電と鉄道の復旧状況(4/4)
阪神・淡路大震災当時の阪神電鉄
三陸鉄道 復旧に100億円かかる
花見「自粛令」
茨城県内の私鉄 現況(4/1)
「つばさ」運転再開 東北のJR線 復旧進む(3/31)
2011年度は計画停電の年
気象庁、各地の震度を見直し
放射能量がわかるサイト
群馬県内のJRは深刻(3/29)
暗いトンネルの恐怖
タバコ 震災の影響で一時出荷停止に
ケータイの緊急地震速報
震災の影響で電車の部品調達が困難に
東北新幹線 復旧早くて1か月
燃料不足解消へ 交通網も少しずつ復旧へ
今週の計画停電予定(3/21)
大正時代の関東大震災
津波被害の恐怖
ありがとウサギ
木炭バス
東北・関東大震災から10日目
震災から9日目 セ開幕29日に(3/19)
震災から1週間
震災から1週間 進む円高・株安
震災に伴う品不足とオイルショック
計画停電で鉄道はラッシュでも減便
福島原発と株価暴落
3月16~18日の計画停電
3月15日の計画停電
コンビニ 在庫なし
輪番停電 多くの地域で行われず
生涯最悪の週末
携帯電話向け大地震関連ニュース
計画停電の対象地域・実施時間(3/13)
輪番停電実施へ
Google 震災後の画像公開
東日本大震災 M9.0だった
3/13現況
消えた町
町の過半数の住民が行方不明
ひもじい夜
大地震 2日目
今真っ暗闇
大地震 当日夜



アフィリエイト・携帯アフィリ・FX株取引
ビジネス・その他
私のひとり言(ドライブ・PC・携帯・スマホ)
私のひとり言(鉄道・北朝鮮など)

あっふぃ888TU-HAN


当ブログは人気ランキングにも参加しています。

PCからはクリックしてくれば助かります

ケータイからはここをクリック!

TDL 15日再開 東北新幹線全線再開5月にずれ込む

東北・関東大震災から1ヶ月が経過しました。しかし未だに余震が多発して、不安な日々です。11日夕に福島県沖で震度6弱、きょう12日にも同じ福島県沖で震度5強の余震が数回発生、小さな揺れも頻発しました。じっとしているだけで揺れを感じます。
震災の影響で、東京ディズニーランドは駐車場が液状化し、波打って、以来休園が続いていました。
3月末にまで復旧工事が完了していたが、計画停電の影響で再開できない状態が続いていました。
しかし、計画停電がひとまず終了したため、15日から再開することになりました。なお、営業時間は午後6時までとなってます。
東京ディズニーシーにおいても、GWにまで再開を目指してます。

鉄道の復旧状況は、
東北新幹線は12日、那須塩原~福島間が再開し、東京~福島間の運行が可能に。山形新幹線「つばさ」も東京~新庄間全線で運転します。
翌日には盛岡~新青森間も再々開します。3月22日、再開していましたが、7日夜に激しい余震が発生したため、再び運休になっていました。
福島~仙台間は27日ごろ。12日から27日ごろ(新幹線が復旧する)までは、福島~仙台間の東北本線で、臨時快速リレー号を1日8往復運転します。東京~仙台間を最短3時間あまりで結びます。震災発生から1ヶ月あまり、東京~福島~仙台間の鉄道の行き来ができるようになりました。
東北新幹線では宮城県内仙台~一関間で7日、震度6強の余震が発生し、3月11日本震での損傷の他、新たに360箇所の損傷が確認されました。修復が必要な箇所が余震前の約5倍に増大し、東北新幹線仙台~一関間の運転再開(全通)は、5月にずれ込む見通しです。
一関~盛岡間は24日ごろ再々開予定です。当区間も7日午後再開してましたが、その夜に大きな余震が発生したため、半日で再び運休になってしまいました。

東北本線は水沢~盛岡間と郡山~仙台間で運行。
一関~水沢間は15日ごろ、黒磯~郡山間は17日ごろ、仙台~一関、利府支線は4月下旬の予定。

以上、東京ディズニーリゾート、東北新幹線、東北本線の状況でした。

さくら見ごろ 桜坂

きょうは、東急バスを撮影したついでに、田園調布にある桜坂へ行ってきました。

森02
大田区南馬込5丁目 万福寺前に停車している森02系統(大森操車場~荏原町駅入口)
M7714 2006年式 三菱エアロミディPA-MK27FM 三菱車体

森02
馬込橋付近でのすれ違い左はM7714。右はM564 2004年式 いすゞエルガPJ-LV234L1 J-BUS車体

反01
第2京浜 西馬込駅前に停車する反01系統(五反田駅~川崎駅西口)
E731 2006年式 日産スペースランナーPKG-RA274KAN 西日本車体工業車体

蒲12
矢口陸橋をくぐる蒲12系統(蒲田駅~田園調布駅)。
I7721 2006年式 三菱エアロミディPA-MK27FH 三菱車体

反01
矢口陸橋付近を行く反01系統。
E953 2009年式 いすゞエルガPKG-LV234L2 J-BUS車体

たまちゃんバス
上の写真バスのすぐ後、大田区コミュニティバス「たまちゃんバス」がやってきた。かわいい。武蔵新田・下丸子・矢口地区を巡回するバスである。料金も通常の路線バスより安い。
I6925 2009年式 日野ポンチョBDG-HX6JLAE J-BUS車体 渋谷駅前のハチ公バスも塗装がちがうが、同じ車体である。ノンステップバス。

第2京浜から環八、そして多摩堤通りを通って、東急多摩川線沼部駅へ向かった。

沼部駅前
東急多摩川線沼部駅前の多摩堤通り。頭上に横須賀線、写真の湘南新宿ラインが通過していった。

桜坂
待ってました桜坂。道路は渋滞していた。花見自粛令なんか気にしない。思う存分花見をしよう。

桜坂
さくら坂交差点。多くの見物客が撮影していた。福山雅治のヒット曲でも知られる桜坂。

桜坂
一度は撮ってみたかった桜坂。この先中原街道田園調布本町交差点まで渋滞していた。
現在は路線バスは通らないが、かつては通っていた。1970年代までの渋33系統(大森駅~渋谷駅)、1980年代から1990年代初期にかけて森10系統(大森駅~田園調布駅)が通っていた。

以上、田園調布の桜坂でした。


当ブログは人気ランキングにも参加しています。

クリックしてくれば助かります

ケータイからはここをクリック!

東北・関東大震災から1ヶ月

東北・関東大震災から明日で1ヶ月。
3月11日14:46。いつもの地震かと思いきや、特大の揺れであった。かつて経験したことない激しい揺れだった。海洋型大地震で、かつ長周期である。
東日本は青森県から神奈川県まで非常に広範囲にわたり、激しい揺れに襲われた。
その後、激しい津波が沿岸部を襲い、町は壊滅した。
被害は東北のみならず、茨城・千葉県太平洋沿岸、さらには東京湾に面し、東京都の隣、浦安市にまで及んだ。浦安市では液状化現象が深刻だった。東京ディズニーリゾートの駐車場、JR京葉線舞浜駅周辺は液状化し、路面が波打っていた。いずれも比較的新しい埋立地であったためだ。
さらに、東京・町田市でも被害が出ている。ショッピングセンター立体駐車場のスロープが倒壊し、ここでも死傷者が出た。
その後、長野県北部や静岡県東部でも強い直下型地震を記録した。
福島第1・第2原発も緊急停止し、中でも第1は最大15mの大津波が襲い、冷却用の電源設備も破壊された。このため冷却できず、海水投入、放水などあらゆる手段を使って被害を食い止めるも、爆発事故が発生してしまった。1~4号機のうち、2号機を除くすべて外部の屋根は焼けてしまった。

福島第1原発を襲う津波 動画はこちらへ

規定値を超える放射能もわずかながら外部、海に漏れ出し、都内でも水道水から基準値を超える放射能が確認される事態までになった。このためミネラルウォーターが爆発的に売れ、品薄状態になった。
また、福島県産はもちろん、隣の茨城県産の野菜、茨城県沖の水産物にも風評被害が出た。
さらに、外国からは、福島・茨城県産だけでなく、日本産の野菜を輸入停止する国も現れた。
日本を訪れる外国人観光客も、震災以来激減した。福島だけでなく、日本中が放射能に汚染されていると誤解しているのだろうか。
福島県は、いわき・南相馬などの浜通り、福島・郡山などの中通りだけでなく、会津若松などの会津地方も含まれ、非常に広い県だが、原発から非常に遠い放射能に関係ない会津地方にまで影響が出ている。例えば、福島県内の大学では、入学をキャンセルする学生が続出している。原発から遠い、会津若松の大学でもキャンセルが出た。福島県と聞いただけで嫌がるイメージがあるのか。
第1原発から30km以内の区域は、避難勧告が出され、圏外避難を余儀なくされている。福島県そのものから脱出し、遠く埼玉や、中部、近畿へ集団避難も現れた。原発事故はいつ収束するか、今後の見通しはどうなるか。いつ郷里に帰れるか。
福島第1原発事故で、首都圏の電力供給不足も深刻になった。
震災後の週明けから、5グループに分けて計画停電が実施された。しかし、実施するといいながらも実施しなかったケースもあった。
鉄道も大混乱した。通常の半分程度しか運転できず、電化路線のみならず、非電化の路線も運行に支障をきたした。
計画停電は、最も人口の多い東京23区内はなぜか対象外とされ、また具体的な停電地域もあいまいという不公平なところから計画停電は不評であった。
計画停電も、日増しに暖かくなり、また火力発電所も復旧が進んだことから実施する回数は減っていった。3月28日の朝を最後に、実施していない。
電力不足により、節電意識が高まり、ほとんどの家庭・店舗・オフィス・工場は節電に協力し、夜には不要不急の照明は極力消している。そのため、町が少し暗くなった。
今後5月までは電力は安泰だが、今夏の電力供給は、確実に不足する。そのため、大企業から家庭まで
いっそうの節電しなければならない。
石油も、製油工場が被災したため東北はもちろん関東でも燃料が不足し、ガソリンスタンドには車の行列ができた。最低でも30分待ちという深刻な事態に。1台あたり1000円、あるいは10Lといった給油制限も実施された。関東では製油所が除々に復旧し3月下旬に、燃料不足は解消されたが、東北では現在もまだ解消されていない。
震災により、工場も被災し、生産ができなくなって部品が供給できなくなり、そのあおりで操業短縮・停止を余儀なくされている。このため、生活必需品をそろえるにも支障がでている。生産計画も少なめという企業も多い。
被災地以外でも、部品生産の拠点が被災地のため生産・供給できず、やむなく操業停止のところも出てきている。
また就職先が被災するなどで、失業者も出てきている。
せっかく内定していたのに、就職先が被災したため、取り消しになった人もいる。生産が落ち、余剰人員を削減する動きも出始めている。
今後、生産体制が再開し、少しずつ増産していくが、本当の復興はいつになるか。
東北の被災地では、仮設住宅が建ち始めているが、今もなお16万人が避難生活を送り、3万人以上が県外に避難している。
現在まで死者約13000人、行方不明者も約15000人と、今なお行方不明者の捜索が続く。

外付けHDDが認識されない

ここ数日、外付けHDDがPCで認識してくれません。

IO DATA HDPS-U500

HDDを接続すると、操作が重くなります。
HDD接続したまま起動すると、こんなメッセージが出てきます。

怪しいメッセージ

和訳すると、
Fの上でファイルシステムをチェックすること
ファイルシステムのタイプは、FAT32です。

あなたのディスクの1枚は、一貫性のためにチェックされる必要があります。あなたは、ディスクチェックをキャンセルするかもしれません。しかし、あなたが続けるよう、強く勧めます。
ウィンドウは、現在ディスクをチェックします。
シリアルナンバーがそうであるボリューム:XXXX-XXXX
指定されたディスクは、非ウィンドウxpディスクであるように見えます。


というメッセージを残し、非常にゆっくり重そうに起動します。
マイコンピュータで外付けHDDを確認しても、ウンともスンともです。
いったいどうしちゃったのでしょうか。
HDDの大事な記録が消えてしまったりして。
認識しようとしても、
「ファイルまたはディレクトリが壊れているため、読み取ることができません。」
と出ます。
そこで私は、無料でHDD修復できるサイトを探しました。
そのサイトを参考にして、
まずはもう一つある外付けHDDを接続してみました。
何の異常もなく認識しました。
ところが問題のHDDは、やっぱり認識しません。
次に、チェックディスクの項目です。
スタート→ファイル名を指定して実行→chkdsk ○: /f /rと入力
○はドライブのアルファベットです。

ファイル名を指定して実行

例えば、Fを修復するのであれば、chkdsk f: /f /rと入力します。
その後、「OK」をクリックします。

コマンド入力

すると、チェックが始まります。

HDDチェック中
HDDのチェックが行われている最中です。ファイルとフォルダを検査しています。

HDD検査が終わる
ファイル・フォルダ検査に1時間弱かかりました。
しかし、これだけでは終わりません。

破損チェーンをファイルに変換
その後、破損チェーンをファイルに変換しますか?というメッセージが出て、Yを選択し、Enterキーを押しますが、これが長い。さらに2時間もかかりました。
以上の操作を行い、外付けHDDは修復しました。ただし、一部のデータは認識されないままです。でも、別のHDDに保存してあったからよかったものの、保存してなかったら大変後悔していました。
やはり外付けHDDは2個持っていて、いざという時のために厳重に保存すべきです。



当ブログは人気ランキングにも参加しています。

クリックしてくれば助かります

ケータイからはここをクリック!

宮城県沖で強い余震 震災後最大級

7日23時32分、宮城県沖でM7.4の強い地震が発生した。東北・関東大震災後、28日目にして最大級の余震である。
宮城県で震度6強・弱を観測したほか、周辺の地域も震度5強を記録した。地震発生後、翌朝まで東北地方400万世帯が停電した。本震とほぼ同じ揺れで、被災地では当時の悪夢が思い出されたのでは。
JRなど鉄道はせっかく復旧、運転再開したのに再び運転見合わせになった。
東北新幹線では7日午後、一ノ関~新青森間が再開したばかりなのに、同日深夜の大地震で秋田新幹線、山形新幹線共々、再び運転見合わせになってしまった。
東北のJR在来線も、ほとんどの路線で再び運転見合わせである。
東北自動車道は、岩手県水沢~平泉前沢IC間の上り線で路肩が高さ20m、長さ30mにわたって崩落し、復旧には数日かかる見込み。これ以外にも、福島県白河IC~岩手県盛岡南IC間が通行止め。
磐越自動車道もいわきJCT~猪苗代磐梯高原IC間が、常磐道、仙台東部道路も全線が通行止めになった。
また復旧は一からやり直しになってしまう。
復旧も当初の予定より遅れる公算が大きい。
いつになったら余震がおさまるのやら。

自粛は自殺行為

花見や花火大会の自粛、どう思う?
「自粛」というのは、「自分たちの意思でやめる」意味です。だれにも言われずに、自分からあきらめる、それが「自粛」というものでしょうか。
お上から「自粛せよ」といわれても、それは「自粛」ではありません。「禁止」「制限」というのです。
今回の東北関東大震災で、あらゆる問題が日本を襲いましたが、被災者と福島原発、そして経済の問題です。
いくら震災だからといって、なんでもかんでも「自粛」し、家の中に こもられたのでは、当然個人消費も落ち込みます。その分企業の売り上げが低下し、賃金カット、さらにリストラされ、お金がなくなってモノが買えない、そういう悪循環に陥ります。日本経済の「自殺行為」といえましょう。
震災後、就職内定が取り消しになった人々も多いです。その多くは、都内の企業です。
上野公園の花見客が入らないだけでなく、隅田川の屋形船も予約が入らない、春らしくない寒い様相です。また、浅草三社祭、隅田川花火大会も中止となりました。東京下町の風物詩が・・・
不況こそ、お金を使いましょう。都民は、自粛令などかまわず、花見をやりましょう。夜がダメなら昼や夕方でも、できます。浅草三社祭も、隅田川花火大会も予定通り実施すべきです。屋台も出せば、多少の売り上げも期待されます。そして、売り上げの一部を義援金に回す、これなら悪くないと思います。

経済産業省「電気予報」検討

経済産業省は、電力の需要予測を事前に知らせる、「天気予報」ならぬ「電気予報」をTVやネットで流す方向で検討に入った。特に夏、日中ピーク時の電力需要抑制する狙いである。
「電気予報」は、天気予報や過去の需要実績をもとに、その日の電力需要の見通しを時間単位で示す。特にその日の最高気温になる13~15時に、供給力がどれだけ不足するかを具体的に数値で知らせ、節電するよう呼びかける。
昨年2010年は、記録的な猛暑だった。東電管内でピーク時6000万kW近い需要が発生したが、東北・関東大震災で特に福島第1原発は壊滅的ダメージ。第2の方も、再稼動できるかどうか、わからない。このため今夏は4650万kWの需給力しかない見通し。昨年夏の需要には到底及ばない。
経産省は大企業に対し、平年のピーク時から3割需要削減を強制する制限に踏み切る考えだが、需要の3割である家庭は対象外。
節電が定着しつつあるが、それでも真夏はいっそうの節電が重要である。このため、どの時間帯に電力需要が増えるか、「電気予報」が必要になった。

なお、東京電力は、4月10日まで計画停電は行わない。
7日~10日の電力需要は3200万kW程度、一方供給電力は4000万kW前後まで回復した。6~7日は昼間は若干汗ばむ陽気になっている。
11日以降は、仮に計画停電が行われても、午前中停電したグループの2巡目停電は行わない予定。
また、計画停電は4月でいったん打ち切る予定である。
4月にもなれば、北関東では朝方まだ暖房を使うけれど、南関東では暖房を使用しないと思う。ストーブやヒーターを片付ける家庭も多いようだ。4月下旬~5月では、冷暖房のいらない季節であり、電力は安泰であるが、6月以降はどうなるか。
そういえば、昨年は4月17日に南関東で雪が降ったのを覚えている。
1969年以来の4月中旬の雪、桜が散った後の雪だった。
そのため、天候によって計画停電を実施する可能性もある。
といっても、4月に雪が降るのはまれだが。

電力使用制限令 37年ぶりに発令

このたび、経済産業省は、電気事業法27条による規制に基づく「電力使用制限令」を今夏に発動する方式を正式に表明した。
評判の悪い「計画停電」を避けるためや、今夏の電力不足に伴い、大停電を避けるため、第1次オイルショック後の1974(昭和49)年以来の発令となる。
大企業など大口契約者については、ピーク時の最大使用電力を前年の3割程度削減させる方針である。
1974当時と、現在とでは、状況がまったく異なるのはおわかりいただけると思う。
1974年当時は、現在に比べて、冷房を使用している家庭はもちろん、オフィス、工場でも冷房を使用している企業は少なかったと思う。
鉄道においても、大手私鉄でさえ冷房化率は、会社によって異なるものの、全車両の半数以下だった。さらに当時は大手私鉄でさえ、冷房化率10%以下の会社もあり、まったく冷房車がない路線も多かった。何しろ第2次世界大戦前型の車両も、まだまだ第一線で活躍していた時代である。
国鉄においても特急・急行車両は全車両冷房車でも、通勤・近郊型車両の冷房車は半数以下だった。103系高運転台の冷房車が新しく見え、低運転台の非冷房車が古臭く見えた。
私は当時、東急沿線に住んでいた(小さかったため、記憶があいまいだが)のだが、列車本数・編成両数は現在に比べて少なかった。東急線はとりわけ冷房車が少なかった。

東急8000系
東急8000系。写真の8002も当初は非冷房だった。2006/05/04撮影。2008年2月に引退。

主力路線の東横線でさえ、当時最新鋭8000系の数本しか走っていなかった。当時は8000系にも非冷房車が存在した。さらに、冷房カバーを載せていながらも、冷房装置がない、冷房準備車も1970年代数多く存在した。
冷房カバーがない、はっきりした非冷房車なら許せるのだが、冷房カバーを載せていて、冷房装置がないのはガックリ。カバーを載せているのだから、冷房車と期待したのに、乗ってみると冷たい風ならぬ扇風機がモワ~~~ンと熱風をあてつける。当時はそんな詐欺(?)も横行していた。当然乗客から悪評で空ラァ(く~らあ)車とあだ名された。
8500系にも新玉川線(当時・現在は田園都市線)用として空ラァ車が投入された。6連×10本程度。地下線用だから冷房は不要だったのか。
田園都市線(当時は大井町~すずかけ台間)でも冷房車は7200系4連×2本程度、目蒲線(現目黒線・東急多摩川線)は7200系3連1本しか走っていなかった。池上線は、戦前の3450型など旧型電車ばかりで冷房車はなかった。目蒲線も戦前型が大多数を占めていただけでなく、田園都市線でも戦前型が活躍していた。
冷房でなくとも、昼間車内照明は消していて、駅に停車すると、ホームの屋根で車内が暗く感じた。わが家に住んでいる感覚であった。(現在は車内照明は常時点灯している)
東急線の思い出になってしまって申し訳ない。
冷房が今ほど普及していなかった1974年当時でさえ電力制限していたのである。
ところが、現在はほとんどのオフィスはもちろん、大半の家庭にも冷房完備であり、鉄道においても、全車両冷房車で、夏の電車の運行はどうするのだろうか。
運転本数を削減するか、冷房を切るか、どうするのだろう。
また、冷房を使用するオフィスはどうするか。暑苦しくて仕事がはかどらないのは想像できる。窓が開けられるならいいが、固定窓だったら・・・

冷しつけ麺 豚骨魚介味

震災以降、特に東北の被災者に申し訳ないと、食べ物の記事を控えていましたが、久々に食べ物の記事を紹介します。
最近、冷しつけ麺をよく食べます。

冷しつけ麺 豚骨魚介味
3・11以来、昼食によく食べている、冷しつけ麺 豚骨魚介味。

冷しつけ麺 豚骨魚介味
パッケージを開けた状態

冷しつけ麺 豚骨魚介味
スープは少し甘酸っぱい味。とんこつに、かつお節が含まれていておいしい。
3・11以来、昼食に食べることが多くなった。震災後、週が明けて、コンビニには何もないだろうと思ったら、たまたま上の写真の冷しつけ麺があった。停電や材料不足で作れないなあと思っただけに、驚いた。
私はうれしくてたまらなかった。当時、おにぎりやパン類は店頭になかった。そのため、手に入れるだけでもありがたかった。
ラジオの地震情報、福島第1原発の情報を聞きながら、冷しつけ麺を食べていた。

Google:福島第1原発のニュース検索結果

計画停電と鉄道の復旧状況

何かと世間を騒がせた関東の計画停電。
しかし3月28日の朝、第2グループの一部で実施して以来、今日まで実施していません。
東北電力も計画停電を実施するといいながらも、1度も計画停電を実施していません。
東京電力は、明日も計画停電を見送ると発表しました。これで8日連続、計画停電なしです。
震災直後は、電気の供給能力は3300万kWだったのが、除々に回復し、5日には、4000万kWにまで回復します。
さらに、冬から春にかけて暖かくなっているために、暖房需要も減っていて、さらに節電の協力もあり、電力需要が供給を下回る状態が続いているためです。ここ1週間の電力需要は、3000~3500万kW程度で推移してきていて、計画停電の必要がなくなってきています。
ただし、冷房を使う夏が心配ですが。

鉄道の復旧状況は、東北や茨城の一部ですが、
東北新幹線は一ノ関~盛岡間が7日午後から、那須塩原~福島間が12日ごろから、残りの福島~一ノ関間も4月下旬までに運転再開予定。
東北本線は、花泉~一ノ関間が6日夕方、福島~岩沼間が7日、松島~小牛田間が9日、黒磯~郡山間、小牛田~花泉間が4月中旬再開、これにより東北本線は上野~盛岡間が全線復旧し、日本海回りで救援物資を運んでいるJR貨物列車が、短い距離の東北本線を利用できるようになり、復旧が一段と進むことが期待されます。
常磐線は、勝田~高萩間は9日のところを、7日に早め、高萩~いわき間は下旬のところを、11日ごろ、仙台側の岩沼~亘理間が12日に再開。「スーパーひたち」など特急は上野~高萩間で中旬に運転再開します。
水郡線は水戸~常陸青柳間を除き全線が11日までに運転再開、水戸~常陸青柳間は中旬の予定です。
水戸線は7日に、全線再開します。

関東地区では、横須賀線~宇都宮線、東海道線~高崎線直通の湘南新宿ラインが4日、通常ダイヤで運転を再開、新宿・横浜と成田空港を結ぶ成田エクスプレスも同日、通常の6割ながらも運転を再開しました。
私鉄では、東急線、小田急線など平日の朝ラッシュ時は、ほぼ通常ダイヤで運行されるようになります。新年度が始まり、混雑が予想されるためです。
ラッシュ時以外は引き続き8割程度の本数です。
ただ、計画停電が実施された場合、運転本数を減らしたり、折り返し運転を実施する可能性もありますので、ご注意ください。

以上、鉄道の運転状況でした。

鉄道に乗る前に情報チェック

震災後、計画停電の影響で、鉄道の運行にも支障を及ぼしています。
それでも最近は、ましになり、鉄道の運行は、日増しに改善されつつありますが、まだまだ油断を許さない状況です。
会社によっては平常運転に戻すところも出てきている一方、被災地に関係ない地方まで震災の影響を及ぼしているところもあります。
春先はまだいいですが、今後夏に向けて冷房の需要が増え、計画停電が頻繁に行われることでしょう。鉄道の運行にも、多大な影響が出ると思います。

そこで私は、あるサイトを見つけました。
その名も、Tetsudo.com(鉄道コム)。
鉄道ニュースはもちろん、列車運行情報も即知ることができます。
携帯電話からも閲覧できます。
鉄道を利用する際に、確認してみてはいかがでしょうか。

http://www.tetsudo.com/


真岡鐵道のSL客車

今日私は、車で真岡へ行ってきました。
東北・関東大震災の被害は、東北の太平洋岸のみならず、茨城県、千葉県のみならず、栃木県東部にも及んでいました。
真岡市内では、本震で震度6弱というすさまじい揺れを観測し、そのため、倒壊まではいかなくても、屋根瓦が落ち、屋根にブルーシートをかぶせている家も多かったです。
また、市内には、危険なため店内立ち入り禁止の店も見受けられました。店内の売り物が散乱した店舗も、数多くあったと思います。
今日の目当ては、真岡鐵道ですが、2日前に全線が復旧したばかりです。地震の影響で動かないと思ったら、動いていました。ディーゼルエンジンの音がうなって、出発の準備をしていました。
当分は半分の運転本数です。区間によっては長時間走らない時間帯もあります。
なお、SLもおか号は、当分運休します。機関車は通常の列車にくらべて重く、線路への影響を配慮してのためです。
SL列車の運行再開は、早くてもGWになるそうです。肝心のSL、今回は見ることができませんでした。客車、気動車を見てきました。

写真については、日付なきものはすべて2011/04/03撮影です。

SLもおか号
C12 66 SLもおか号。2008/11/23撮影 客車が白帯の時代。

方向板(サボ)
SL列車の方向板(サボ) 2010/05/30撮影

真岡駅構内
真岡駅構内。SLをかたどった駅舎。SLが運転されないため、客車は駅に留置していた。

オハ50
SL列車の客車は旧国鉄50系客車。国鉄時代、旧型客車置き換えのため、全国に大量投入された。車体は真っ赤に塗装されていて、「レッドトレイン」と呼ばれていた。塗装変更して真岡入りしても、ほぼ原型を保っている。ボックス席主体であるが、ドア付近はロングシート。デッキと客室の仕切り扉は幅広の両開きになっている。原型で残る全国唯一の50系客車。
写真は2両目オハ50 22。左には1両目オハ50 11。

オハフ50
3両目オハフ50 33。客車は3両とも昨年夏、JR大宮総合車両センターで重要検査(自動車でいう車検)を受け、白帯から赤帯に変わった。

オハ50 11
駅構内にたち入って撮影。茂木寄りオハ50 11の前頭部。

オハフ50 33
下館寄りオハフ50 33の前頭部
SL列車用の客車は、茂木からオハ50 11-オハ50 22-オハフ50-33の3両編成。

TR230型台車
50系客車のTR230型台車。台車の右に小さく見えるのは、発電機。タイヤの回転を利用して発電する。発電した電気は、充電池に蓄えられ、照明器具、扇風機などに使用される。昔の旧型客車はみなこうして電気を起こしていた。

TR230型台車
上の台車を反対側から。左端に発電機があり、タイヤの車軸とベルトでつながっている。

キハ20
現在は第3セクター鉄道で運営するが、元は国鉄だった。国鉄時代使用されていたキハ20が展示されている。

キハ20
上の車両を反対側から。トイレも装備されていた。2010/05/30撮影

キハ20
真岡駅構内には、キハ20が2両展示されている。後ろにはDE10ディーゼル機関車も。
なお真岡線キハ20は、国鉄分割民営化までに引退し、JR化後から3セク化されるまでは、近郊型キハ45と急行型キハ28が使用されていた。

真岡鐵道 車庫
真岡鐵道の車庫。一般用のモオカ14型たち。
真岡鐵道は、1988年4月に、JR真岡線から引き継いだ第3セクター鉄道。当初の車両は軽快気動車、レールバスのモオカ63型。しかし老朽化に伴い、現在は2代目のモオカ14型が2003年より活躍している。

北関東道 真岡付近
真岡から北関東自動車道に乗ったら、車線規制を行っていた。

工事風景
ひょっとして、よくはわからないが、大地震で路面に亀裂が入り、その補修工事だろうか。真岡付近は震度6弱を観測したから、道路に亀裂が入ったと思う。鬼怒川より東で工事を行っていた。

以上、真岡鐵道の車両でした。

阪神・淡路大震災当時の阪神電鉄

先ほど三陸鉄道の深刻な被害状況を紹介したが、
1995年1月17日、阪神・淡路大震災の際、阪神電気鉄道も甚大な被害を受けた。
所有車両310両のうち、4割にあたる120両以上が被災し、さらにその中の4割にあたる41両が、修理できずに廃車された。急行用車両・赤胴車33両、普通用のジェットカー青胴車8両が廃車された。地震発生当時、ジェットカー普通車のみの運行であった。
神戸市内の高架線を走行中に傾いたり、三宮駅に停車中、激しく脱線・変形するなどの被害を受けた。急行用の車両は、まだ運用についておらず、高架の石屋川車庫で待機し、当日の運用を待っていた。
本日の仕事を始める矢先に大地震が襲い、石屋川車庫は崩落し、車庫の上に止めていた電車は、高架橋ごと落ちた。そのため、台車など激しく損傷し、修理不能で廃車された。
その他、地下線を走行中、大地震のゆれで壁への激突を繰り返し、大破した電車もあった。
これらの車両が廃車された。
被災総額470億円、当時の阪神電鉄年間売り上げ額280億円の1.7倍にもなった。このため、子会社である阪神タイガースの身売り説が流れた。
当時、阪神はBクラス、ていうか最下位の年も多く、球団としても売り上げ不振に陥っていた。
阪神電鉄は、阪神間の通勤・通学・生活路線のみならず、大阪梅田から甲子園球場へアクセスの役割も担っている。タイガースが不振な状況では、電鉄の経営も圧迫させる。タイガースが好調なら、甲子園へ行く客も多くなり、電鉄経営も潤う。
阪神電鉄の復旧は急ピッチで進められ、震災から5ヶ月以上たった1995年6月26日には全線が復旧した。
全線復旧しても、40両が廃車されていて、急行用は6両編成6本、普通用は4両編成2本不足していた。その分運転本数が不足する。このため、朝・夜ラッシュは若干間引き運転をした。
その後、95年秋には、普通車ジェットカーの新車を4両編成×2本投入した。96年春には、急行用の車両6両編成×5本を投入した。いずれも震災で廃車になった補充用である。
その他急行用は、震災で廃車になった部品を再利用して、車体のみ製造した震災復旧車3両も追加した。
これにより、阪神の車両は震災前の両数と同じになった。
1998年3月には、阪神~山陽電鉄間の相互直通運転も開始した。従来の阪神梅田~須磨浦公園、阪神大石~山陽姫路間といったものでなく、大阪梅田~山陽姫路間の直通特急というものである。
姫路行きは「姫路ライナー」、梅田行きは「大阪ライナー」。
しかし、震災後、阪神・阪急より早く復旧したJRは、その早い復旧を利用し、私鉄が全線復旧するまでの間、一時的にJRを利用していた客も固定客にしてしまった。
震災後、私鉄の利用客は震災前の3割程度減ってしまった。
国鉄時代は、東海道本線は不便だったが、JR化後、頻発運転やスピードアップで便利なダイヤになっていき、私鉄を常時利用していた客もJRに流れてしまった。
また、JRは直線が多く、スピードアップが容易であるのをいいことに、新快速は年々スピードアップするなど、容赦なく私鉄に差をつけていった。もっともそれが福知山線脱線事故の遠因になってしまったが。
そのため、阪神~山陽電鉄の直通特急は、苦戦を強いられている。
JRは特に、神戸市内が安くて便利である。
神戸市内で私鉄利用の場合、阪神or阪急電鉄~神戸高速鉄道~山陽電鉄を利用するのだが、3社にまたがるため、料金もJR単独にくらべて著しく高くなってしまう。
山陽電鉄は、特に短距離料金が震災後大幅に値上げされ、10km程度の料金はJRの2倍も高いのだ。そのうえ神戸高速鉄道、阪神または阪急電鉄を乗り継げば相当高い。私鉄は所要時間・料金とも苦戦を強いられている。
かつての私鉄王国関西はどこへ。
もっとも1社のみの利用なら、安く済むのだが。

以上、阪神・淡路大震災当時と、その後の阪神電鉄でした。

三陸鉄道 復旧に100億円かかる

今回の東北・関東大震災で三陸沿岸の鉄道網は大打撃。
中でも、第3セクターの三陸鉄道は、南リアス線(釜石~盛間)が壊滅的な被害を受けた。
唐丹(とうに)~吉浜間の高架橋が落下し、釜石市内の鉄橋も橋脚にひびが入るなど、寸断され、復旧の見通しは立っていない。
北リアス線(久慈~宮古間)も、高架線の島越駅(カルボナード)が駅舎ともども津波で流されるなどの被害が出ている。
北リアス線は現在、次の区間を臨時ダイヤで運行し、
久慈~陸中野田間は1日5往復、小本~宮古間は1日3往復運行している。
いずれも転換前、国鉄時代の運転本数である。

三陸鉄道は、廃止の対象に挙げられた旧国鉄久慈線・宮古線と、旧国鉄盛線、そして未成線を引き継いで1981年設立した第3セクター鉄道である。地元岩手県と沿線自治体が資本を出費している。
1984年4月、国鉄転換線第3セクター第1号として、旧国鉄線を引き継いで営業を開始した。
久慈~(久慈線)~普代~(未成区間)~田老~(宮古線)~宮古が北リアス線(全長71km)、国鉄(JR)山田線をはさんで釜石~(未成区間)~吉浜~(盛線)~盛が南リアス線(全長36km)として営業を開始した。
当初は、国鉄とは一味違った斬新な塗装の気動車が目を引き、また東北新幹線の開通直後もあり、好調なスタートを切った。
三陸鉄道の成功を受け、全国各地の国鉄ローカル線が、第3セクターへ転換するブームの火付け役であった。
1980年代には、多くの第3セクター鉄道が次々誕生した。既存の国鉄線のみならず、未成区間を引き継いだ路線も誕生した。
しかし、第3セクターの目新しさも薄れ、バブル崩壊が訪れると、利用客は減少、特に少子高齢化で最大の顧客だった高校通学客が減少し、多くの会社は赤字へ転落していった。初年度から赤字の会社もある。三木鉄道、神岡鉄道などすでに廃線となった第3セクター鉄道もある。黒字の第3セクター鉄道は、智頭急行・北越急行・愛知環状鉄道など少数派である。
三陸鉄道も、開業10年目の1993年度にして赤字に転落し、以来、県や自治体などから補助金を受けて運行している。赤字であるため、新車投入もままならず、開業以来の車両を使いせざるを得ない状況である。
そこに襲ったのが、東北・関東大震災だ。
南・北リアス線共に甚大な被害を受け、復旧には100億円もかかる見方もある。仮に調達できたとしても、復旧に1年以上かかるそうだ。
100億円という巨額は、会社単独で用意するのは到底無理だろう。
現在の鉄道施設災害復旧費補助制度では、復旧費のうち国・地方自治体が25%ずつ、鉄道事業者が半額を負担する。第3セクターは地元自治体が事業者分の負担も迫られる。地方自治体が設立した会社だからだ。
国は25億円、残り75億円が三陸鉄道や岩手県と沿線自治体の負担になる。
国としても、「今回の地震は通常の災害と異なり、被災自治体の負担は計り知れない。鉄道の復旧について国の補助率を拡大したり、違う枠組みによる支援も検討したい」と話している。
2005年9月、台風14号の来襲により、鉄橋が流失するなど線路が壊滅的な被害を受けた、宮崎県の高千穂鉄道も、復旧費用が捻出できずに最終的には廃線に追い込まれた。復旧費用が需要に見合うかどうか(コストパフォーマンス)、判断した結果だ。末期は利用客が減少し、経営が悪化していた。
三鉄においても、バブル以降一貫して利用客は減少している。
復旧費用が需要に見合うかどうか。存続か廃止か、どう判断すべきか。
地域の足として、支持されてきた三鉄。
国鉄時代開業した区間は、高校進学率を上昇させた功績がある。久慈線や盛線など、1970年代以前は開業しておらず、国道など道路が狭い、未舗装と交通が不便なため高校進学率が低かった。高価な料金を払って、遅いバスで通学しなければならず、それが苦痛だったため、高校進学をあきらめた人々が多かった。
国鉄久慈線・盛線が開通して、列車はバスに比べて速く、また国鉄運賃はバスに比べて安い(特に通学定期は安い)ため、高校進学率が劇的に上昇した。久慈線沿線では5割、盛線沿線では3割の進学率だったのが、共に9割にまで上昇し、全国レベルの進学率にまで成長した。
また、三鉄の各線は、いずれも1970年代以降に開通した比較的近代的な鉄道。新幹線と同じく踏切がなく、全線立体交差、トンネルが多く南リアス線は全線のうち60%がトンネル区間、北リアス線摂待~田老間の真崎トンネル(6,532m)は、開業当初私鉄最長のトンネルであった。現在も非電化区間では日本最長である。トンネル以外の区間も、高架・盛土が多用された近代的な鉄道である。ゆえに建設費も相当かかったことだろう。
地域の足として支えてきた、国鉄→三鉄。
将来が心配である。

花見「自粛令」


桜

今年も桜が開花、花見の季節がやってきました。だが、今年は花見客は非常に少ない・・・
東京の上野公園は、例年なら花見客でごったがえすのに、いまはガラガラ・・・
公園のいたるところに自粛を呼びかける看板が設置されていました。
というのも、石原都知事が自粛令を出してしまったからです。
計画停電とか節電もあるから夜は花見できそうにないけど、昼間ならできるのに、自粛令を出したからできないモードになってしまいました。
「自粛」というのは、「自分たちの意思でやめる」意味です。だれにも言われずに、自分からあきらめる、それが「自粛」というものでしょうか。
お上から「自粛せよ」といわれても、それは「自粛」ではありません。「禁止」「制限」というのです。
今回の東北関東大震災で、あらゆる問題が日本を襲いましたが、被災者と福島原発、そして経済の問題です。
いくら震災だからといって、なんでもかんでも「自粛」し、家の中に こもられたのでは、当然個人消費も落ち込みます。その分企業の売り上げが低下し、賃金カット、さらにリストラされ、お金がなくなってモノが買えない、そういう悪循環に陥ります。
震災後、就職内定が取り消しになった人々も多いです。その多くは、都内の企業です。
上野公園の花見客が入らないだけでなく、隅田川の屋形船も予約が入らない、春らしくない寒い様相です。また、浅草三社祭、隅田川花火大会も中止となりました。東京下町の風物詩が・・・
不況こそ、お金を使いましょう。都民は、自粛令などかまわず、花見をやりましょう。夜がダメなら昼や夕方でも、できます。浅草三社祭も、隅田川花火大会も予定通り実施すべきです。屋台も出せば、多少の売り上げも期待されます。そして、売り上げの一部を義援金に回す、これなら悪くないと思います。
都知事こそ逆に花見を奨励させるべきでした。
震災だからって、「自粛」されたのでは春なのに暗いムードが漂います。
花見を大いにすすめて、屋台も出して、売り上げの一部を義援金に回す、というのは、被災者も喜びます。
いくら震災だからって、都民の表情が暗ければ、被災者もなお暗くなります。被災地の復興もその分遅れます。
東京は日本の顔です。表情の暗い東京なんて見たくないです。まして、暗い日本なんて、考えられません。
震災後しばらくは、景気が低迷しますが、それはごく短期間であってほしいことを祈ります。長期間続けば、日本は経済面で危篤状態に陥ります。
人間も経済も重体患者になれば、死と隣り合わせで手遅れです。
日本は世界各国からも莫大な義援金を集めているのだから、明るく振舞うべきです。それが全世界への、全国民への恩返しです。
全世界は、経済大国日本に注目しています。日本があるからこそ、世界があるのです。
以上たわいな苦言になってしまいましたが、震災に負けない国を目指しましょう。

茨城県内の私鉄 現況

先ほど、東北や茨城県内のJR線の状況を紹介しましたが、
続いて茨城県内の私鉄状況です。

ひたちなか海浜鉄道
ひたちなか海浜鉄道 阿字ヶ浦駅 茨城交通時代の2007/08/20撮影

ひたちなか海浜鉄道は、全線にわたって線路や駅の被害が大きく、レールのゆがみ13箇所、土砂の陥没・がけ崩れ7箇所、ホーム損傷5箇所で確認されました。
現在代行バスを運行しています。
本格的な復旧工事は4月から始まるようで、全線復旧は7月になるそうです。復旧工事の費用は2億円以上かかる予定です。
復旧費用と別に、代行バスの費用と乗客減で約3500万円の損失が見込まれるようです。

鹿島臨海鉄道
鹿島臨海鉄道 長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅 2007/08/20撮影

鹿島臨海鉄道は、水戸~大洗間は4月2日、大洋~鹿島サッカースタジアムは7日、大洗~新鉾田間は8日、運転再開予定です。
なお、安全確保のため、当分徐行運転となり、運転本数も水戸~大洗間は半分、他は3割程度運行します。
新鉾田~大洋間は地盤が陥没し、復旧に時間がかかるため、7日から代行バスを運行する予定です。また、鹿島サッカースタジアム~鹿島神宮間もJRに対し、代行バス運行を要請しているといいます。

関東鉄道
常総線 守谷駅 2005/09/11撮影

関東鉄道常総線は、現在のところ7割の列車本数で運行していますが、4月6日(水)より、平常運行を予定しております。
竜ヶ崎線も、震災からしばらくは徐行運転、一部時間帯は運休していましたが、現在は平常運行に戻っています。

つくばエクスプレス
つくばエクスプレス みどりの駅 2009/11/15撮影

つくばエクスプレス(TX)は、震災以降終日、通常の半分から8割程度で運行してきました。
4月4日から、始発~午前10時ごろまでと、夕刻17時ごろ~終電までの時間帯は、ほぼ平常運転の本数にします。快速・区間快速も運転します。
日中の時間帯と土曜・休日の終日は、引き続き8割程度の本数で運行し、快速運転は中止します。
所要時間は、若干延びます。
なお、今後の電力需給状況につき、運転見合わせとなる場合もあります。
駅設備も、節電のため、駅の照明は半減し、エスカレータとエレベータは原則使用停止します。
震災の影響でTXの魅力が半減した感じがしますが、仕方ない気もします。

以上、茨城県内の私鉄状況でした。

admatic

プロフィール

poppychan

Author:poppychan
ようこそ、あふぃり888しょっぷへ!

サイトマップ おしながき
当ブログをご閲覧いただき、まことにありがとうございます。

広 告 ゾ ー ン
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
豊富なカテゴリで~す
リ ン ク 集
人気ブログランキング
♥気軽に検索してね♥
フリーゾーンだよ~ん




お小遣い稼ぎより大きな収入を目指して!完全無料のポイント サイト - PointPay
Q R コ ー ド
QR
ブロとも申請フォームですよ

この人とブロともになる

月別ア~カイ ブス
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。