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大震災で電気への関心が変わった

この1年でなにが変わった?

今年も本当にあとわずか。
いろいろ多難の年でした。
何といっても、3・11、東日本大震災。
大地震発生直後、自分の住んでいる地域は翌朝にわたって停電しました。そのとき、私は電気のありがたさを改めて痛感しました。
今年の大震災は、日本の大きな転換期を迎え、生活環境に変化をもたらしました。特に電気の使い方です。
震災により福島第1原発をはじめ、多くの発電所が被害を受け、発電能力が大幅に低下したため、節電生活を余儀なくされたことです。震災直後は、輪番による計画停電をも実施するありさまでした。対象となった地域は、特に夜は真っ暗闇で不便だったことでしょう。子どもたちも、暗闇が怖いことだったと思います。
そんな計画停電も、火力発電所が復旧するにつれて解消されていきました。
稼働中の原子力発電所も、廃止の声が高まりつつあります。脱原発運動が盛んですが、今すぐ日本全国の原発を全て停止させるわけにはいきません。そうすれば電力はひっ迫してしまいます。
震災後の日本は、電気への関心が変わったことでしょうか。

大震災当日、自分の住んでいる地域は停電となり、ケータイは電池が残り半分程度でした。充電もできず、ケータイでワンセグやFMラジオなど使うわけにいかず、非常用の懐中電灯付ラジオで一夜をすごしました。
14時46分地震発生。15時ごろから使用するも、懐中電灯のライトは22時ごろ球切れ。ラジオも雑音だらけ。周囲は漆黒の夜。わびしい夜でした。

懐中電灯付ラジオ
懐中電灯付ラジオ

やっぱり、非常時には緊急電源が必要ということで、昨日にですが、非常用のケータイ充電器を買ってきました。

パッケージ

パッケージ
インプリンク ILU-01W リチウム充電器3000mAh ドンキで3,000円程度で売ってました。

ILU-01W
電源ボタンを押すと容量を確認できる。

LEDライト点灯
2押しでLEDライトが光り、暗闇でも役立つ。消すときも2押し。

LEDライトとケーブル差し込み口
裏面から見る。左からLEDライト、microUSB(PCから充電する場合)、USB(スマートフォンを充電する場合)ケーブル差し込み口。

スマホを充電中
スマートフォンを充電中。

PCから充電
買ったときの容量は、思ったより少なく、1回きりで使い切ってしまった。
充電池容量がなくなったら、本体をPCもしくは家庭用充電器から充電する。ケーブルは逆向きにつなぐ。

充電中
充電中。

充電完了
充電完了した時は、100%ランプが点灯します。
電池容量3000mAh。スマホへなら2回充電できる計算。
LEDライトも装備しているので大震災や自然災害など停電時のバックアップ用に使ってみてはいかがかと思います。


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人口の10倍の国民が金総書記に弔意を表す?

北朝鮮・朝鮮中央通信はきょう、金正日総書記死去の際、哀悼期間が29日に終了するまで、同国の軍人・労働者、学生ら延べ

約260,000,000人が、

「弔意を表した」と伝えたそうだが、本当だろうか。
日本人口の2倍、アメリカの人口より多い人数。初詣客だって年間8000万人程度。

北朝鮮の人口は約24,000,000人。弔意を表した人数はその10倍!
ということは1人10回以上弔問したのか?
いくら北でも、1人10回以上訪れる人がいるかどうか。疑わしい。
弔問なら、1回や2回でいいのに、10回も弔問に訪れるのだろうか。
御百度参りじゃあるまいに。



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完成間近のゲートブリッジ・定額制首都高見納め

2011年も、あと今週を残すのみとなりました。
大震災、節電、超円高など波乱の一年も、まもなく終わろうとしています。
さて、私は、開通間近の東京ゲートブリッジと、定額制も今年限りの首都高に乗ってきました。

東京ゲートブリッジ
橋本体も完成し、いよいよ開通間近の東京ゲートブリッジ。
2012年2月12日(日)、開通します。新木場側から見る。

新木場側

新木場側
新木場側からの道は、鉄骨で覆われている。これはそばに若洲ゴルフリンクスがあり、打球から車を守るため。

鉄骨のドーム
鉄骨のドーム。天井にはまだネットが張られていない。

ゲートブリッジ 羽田空港側
羽田空港側から見る。レインボーブリッジ、横浜ベイブリッジのような吊り橋にくらべ、背の低い橋である。付近を羽田発着の航空機が低空を飛び立つため、背の高い吊り橋にできなかったためである。
総延長2,933m、うち海上区間1,618m、海面からの全高87.8m、けた下56.4m。
スカイツリーと共に、東京の新名所になること間違いなし。

続いて、今年限りで定額制に幕を閉じる首都高速を走ってきました。

白金料金所
白金本線料金所。ブースの料金表示だった看板が「ETC車20km/h以下」「現金車一旦停止」の表示に変わっている。
「首都高は距離別料金に移行」の横断幕。

八潮料金所
八潮本線料金所。ここでも距離別料金移行の横断幕。今年限りで、ETC休日20%割引も終了してしまう。

戸越入口
首都高2号目黒線戸越入口。料金表示「普通700円 大型1400円」の看板が、「ETCカードチェック!」の看板に交換されている。と思う。

中央環状線
中央環状線平井大橋付近のETCフリーフローゲート。ここを通過することで、中環利用割引が受けられるようになる。普通車100円、大型車200円割引。ただし乗り方によっては適用されない場合もある。例えば中環経由より都心環状線経由が長い場合と、中環の内側から出入りして、中環の外側で出入りする場合など。

首都高は距離別料金に移行
付近のビルにも案内が。
「首都高は距離別料金に行こう」じゃなくて「移行」でした。
やはり、距離別料金移行を前に、変わってきています。長年親しまれた定額制がなくなるのも、寂しいです。来年の首都高は、どうなるでしょうか。
2012年からの首都高新料金、詳しくはこちらをご覧ください。
距離別料金とは|首都高ホームページ



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さようなら SANYO ケータイにまつわる話

きのう、三洋電機本社ビルから「SANYO」の看板が取り外されました。そのニュースを聞いて、寂しくなり、涙がでそうになりました。

SANYO製の携帯電話
SANYO製の携帯電話

ああ、三洋電機も終わり。来年よりPanasonicパナソニックに合併されるのか。三洋は優秀な家電メーカーだったのに。カーナビでもGORILLAという優秀作があるのに。

SANYO製の携帯電話
私が使ってきたSANYOブランドのケータイ。左からTS01(ツーカー・2000年)、A3011SA(2002)、A5503SA(2004)、W31SA(2005)、W51SA(2007)、W64SA(2008)以上au。

私としては、SANYO製のケータイ(SA)を主に使ってきました。たまに他社(日立・パナソニック)製を持つこともありましたが、初めて持ったのがSANYO製だったのか、他社製に比べて使いやすかったです。目立たないながらも高機能でした。
三洋製は汎用機っぽいながら高機能でした。ボタンも押しやすかったです。そして他社製ケータイにはない、10キーを直接長押しで電話帳検索できる機能もありました(時短検索)。例えば「1あ」を長押しすれば、電話帳のあ行が、「2か」を長押しすれば、電話帳のか行が表示する機能です。

W31SA 10キー

A5503SA 10キー
また、三洋製のケータイは、キーに特徴があり、通常なら、かなが上、アルファベットが下にあるのに対し、三洋製のケータイはアルファベットが上、かなが下にあります。

A5303H 10キー
こちらは他社、通常のキー。A5303H。HITACHIブランドのケータイも、もう懐かしい感じ。

au by KDDIが展開していて、日本のケータイをそのままアメリカや韓国など外国で使えるGLOBAL PASSPORTも、初期の対応機種は三洋製でした。C111SA、C1001SA、A5505SAとなど、三洋が独占していました。
しかし現在は他社でも対応機種が増えてるというか、ほぼ全ての機種で対応できるので、三洋の地位は相対的に低下していきました。
SANYOブランドの機種は、意欲的・先進的なものが多かったです。
ストレート式では発売当時厚み9.9ミリと世界最薄のC405SA(2000)、初のCDMA2000 1x対応機種の一つA3011SA(2002)、FMラジオアプリ初搭載のA5503SA(2004)、ケータイでは初のFMトランスミッター搭載のW32SA、日本初のワンセグ(EZテレビ)搭載となったW33SA(2006・しかもアナログ放送も見れた)、など、注目される機種が多かったです。
しかし、三洋電機は2008年、経営不振のため携帯部門を京セラに売却しました。また同じ時期に、三菱電機(D)も携帯事業から撤退しました。ケータイの報奨金制度、売り切り制度が廃止され、端末機種を定価で、かつローンを組んで買うために、機種変の間隔が長くなり、携帯電話の製造・出荷台数が減少、さらに日本国内では携帯電話の普及が飽和状態になり、これ以上の発展が望めないと判断したのです。以降も携帯電話業界の再編は続いて行きます。
京セラが製造するようになってからのSANYOブランドは、あまりさえない機種ばかりでした。当然ながら三洋ではなく、京セラの機種(K)そのものです。SANYO製の特徴なんて、どこにも見られません。
私が持っていたW64SAは、買ってから半年でスピーカーが破損してしまい、一度修理に出したものの、半年もしないうちにまた破損してしまいました。ケータイでスピーカーが破損するなんて、考えられません。肝心の着信音が出にくいケータイなんぞ、使い物になりません。
キー操作の反応も、最悪1分近くかかり、もたつきます。純三洋製ではそんなことなかったのに。しかもそのケータイ、初めてローン組んで買ったのに。不具合でもガマンして使わなければなりませんでした。とにかく長く親しんだSANYOブランドとかけ離れていて、がっかりしました。
で、長年にわたり愛用してきた三洋ブランドとは縁を切り、現在はシャープ製のケータイ、そしてスマホを愛用しています。AQUOSケータイ、使い勝手いいです。SHARPブランドはかつてはJ-PHONE(現SoftBank)でだけ採用して、世界初のカメラ付ケータイJ-SH04(2000年)を出していき、液晶画面は抜群によいなど優秀ですが、現在は全キャリアで採用しています。
三洋はスマホが登場することなく、終わりを告げようとしています。
ああ、三洋製のスマホ、見たかったなぁ。

SANYO製の携帯電話
さようなら SANYO・・・


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金総書記の死去

今日は冬至。寒いうえに曇り空で悲しい日々です。
先日、北朝鮮の最高指導者、金正日(キム・ジョンイル)総書記が、お亡くなりになりました。69歳でした。
私は、金総書記死去のニュース聞いて、びっくりしました。
まさかあのキム・ジョンイルが?ウソだろ?夢じゃないよね?
金総書記なら、北で最も裕福な人ですから80やら100歳まで生きるじゃないかと思っただけに、先日の死はショックでした。もっとも、ここ数年はあの肥満体から、げっそりしていて健康状態は良くなかったので、先は長くないとも思いました。
あの国で肥満体なのは、金総書記だけでした。北の一般国民で肥満体はまず見かけません。
長年、金王朝の独裁体制に酔いしれて、特に正日政権には苦しめられてきた北朝鮮。金総書記の死去で、北朝鮮が変わることを期待しています。
金総書記は、1994年7月、父金日成(キム・イルソン)主席死去後、父の後を継いで、北朝鮮のトップに立ってきました。しかし、それは悲劇の連続でしかありませんでした。
食糧難が相次ぎ、餓死者を何百万と出し、それに伴う脱北者の続出が止まりません。
テポドンを日本海に向けて何度も発射し、核実験も行うなど、それは卑劣な国でしかありません。
TVで北朝鮮が紹介される番組を時々見ますが、それは裕福な首都ピョンヤンしか報道されず、それも毎回毎回同じような内容です。ガイドにより報道が規制されているためです。TVで知るのは、ピョンヤン関係ばかりで、地方の貧困な実態は見えてきません。
10年くらい前なら、TVでも脱北者の証言をもとに北朝鮮のあらゆる情報を知ることができましたが、現在はごく一部の情報しか知りません。
金総書記が死去し、後継者は三男の正恩(ジョンウン)氏が引き継ぐことになりますが、彼に国の指導者をやっていけるか不安です。正日はピョンヤン市内しか知りませんし、正日の息子である正恩もピョンヤン市内しか知らず、とにかく裕福な金ファミリーは地方の実態を知らないです。餓死者が大量に出ている現実を知らないでしょう。
そもそも、国の君主を世襲で3代続けてやるなんて、今では時代遅れです。
太古日本の幕府じゃありません。源・北条・足利・徳川政権じゃあるまいし。将軍にしても、正妻から生まれ育った将軍は少ないです。
250年以上続いた徳川家にしても、正妻から育ったのは、初代家康、三代家光、十五代慶喜くらいです。残りのほとんどは、正妻ではなく側室の子です。
大物の子は大物にはならないことが多いようです。大物の子、例えば社長の子は、金持ちだけに叱られない、ぜいたくな食事、旅行などされ甘やかされて育つため、だらしない人に育ちます。
父から引き継いでも、父と同じようにやれるとは限りません。
スポーツの世界でも、親は偉大な人物でも、子は大した才能もないケースが多いです。大物の子と騒がれるのは、最初のうちで、やがてろくな活躍もせず、泣かず飛ばずに終わってしまうことも少なくありません。
たとえ親子でも、実力は別人と考えるべきです。
父金日成は偉大な将軍、全知全能の神と崇められていますが、息子の金正日は大した人物ではありません。
このように、国の指導者が世襲で何代もやるのは、まずい気がします。会社にしても、同族経営だと、従業員はやる気をなくします。若くして社長になられたなら、同年代の従業員から「何であいつは社長なんだ、ボクと年違わないのに」と。あくまで私の偏見ですが。
世襲でやるにしても、親と子では考えが違いますから。特に子の代にして国なり会社なりダメにしてしまうことが多いです。
金総書記が死去したからには、今、自分の国を変えるチャンスです。金王朝の脱却目指して。


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スーパーひたちも新旧交代

先ほど来春のJRダイヤ改正の話をしましたが、付け加えることが2つあります。

スーパーひたち
常磐線「スーパーひたち」

ひとつは、常磐線特急「スーパーひたち」に、新型車両E657系が登場します。来年に175両投入し、秋までに従来型の651系を置き換える予定です。
ああ、「スーパーひたち」も世代交代ですか。前年には成田エクスプレスも初代の253系から二代目のE259系に交代されました。早いものですな。
651系「スーパーひたち」は、1989年3月11日ダイヤ改正より登場した特急形車両です。時は昭和から平成に変わったばかり。消費税もスタートした時、さっそうとデビューしました。
白を基調とした「タキシードボディ」ともてはやされました。

この車両案は、1988(昭和63)年春に発表され、当時主流で老朽化が進んでいた485系を置き換えるものでした。
というのも、当時の常磐線エル特急「ひたち」は、特に先頭車は485系でも最古参のボンネットスタイルが主流で、陳腐化が進んでいました。
クハ481-1といったトップナンバー(1964年製)も健在というありさまでした。ちなみにこの車両、当初は北陸特急「雷鳥」でデビューし、北陸本線・山陽本線・鹿児島本線など山陽・九州路特急の「つばめ」「なは」「しおじ」と西日本を走破し、昭和50年代には九州で「有明」などで活躍した後、1985年に常磐線に転属したという、全国で酷使された車両でした。
また、東北本線のエル特急「ひばり」などで活躍した車両も健在でした。
常磐線特急は、1988年当時、9両と長大編成に属し、そのような編成には、非ボンネット型より、ボンネットスタイルが適していたとはいえ、やはり陳腐化は否定できなかったものがあります。
とにかく全体的に車両年齢が高かったです。
そのような状況を打開するために、651系「スーパーひたち」はデビューしました。
在来線の列車としては初の時速130キロ営業運転を実施、上野~水戸間1時間5分と、従来「ひたち」の最速より約10分短縮されました。
※時速130キロ運転は485系「スーパー雷鳥」でも「スーパーひたち」と同時に実施しているが、こちらは踏切がない湖西線や北陸トンネルでのみ実施。また485系も130km/h対応の特別強化(特にブレーキ強化)はしていない。
車両設備も、グリーン車はBS衛星放送が視聴できるという破格な設備を誇りました。
現在はリニューアルにより撤去されましたが。
また、「スーパーひたち」登場に伴い、従来「ひたち」はグリーン車なしの7両編成に順次短縮されました。
651系は、1992年まで99両(7連・4連共11本)が製造されました。
原則「スーパーひたち」の運用ですが、勝田駅発着の「フレッシュひたち」(も~登場から十余年も経過しているんだからフレッシュじゃなかっぺよ by ibaraki)として運用する場合や、上野~土浦間の夜間「フレッシュひたち」通勤特急に運用される場合もあります。「フレッシュひたち」専属のE653系は1両1ドアに対し、651系は1両2ドアのため乗降がスムーズに行くのでしょう。
平成時代の常磐線の主人公として駆け抜けた651系ですが、来春より順次新型車両E657系に置き換わります。

スーパーひたち

引退後の651系はどうなるのだろうか、交直流車両なのだから、団体臨時列車としても使えそうな気がします。せめて波動輸送用途に残してほしいです。

ふたつめは、武蔵野線に新駅が開業します。
埼玉県吉川市の吉川~新三郷間に「吉川美南駅」が開業します。さきほど、南越谷~吉川間に「越谷レイクタウン駅」が開業し、武蔵野線は次々駅が増えていきます。

以上、2記事にわたって、来春JRダイヤ改正の概要でした。



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来春JRダイヤ改正の概要

今年も残すところあとわずかとなりました。
大震災や超円高など波乱含みの1年でした。
話はかわりましてJR各社は、発足25周年にあたる来年3月17日ダイヤ改正の概要を発表しました。
東海道新幹線は、初代「のぞみ」300系が引退し、すべての列車は700系列(N700も)で運行します。岡山駅発着「のぞみ」を毎時3本とします。
東北新幹線は最新鋭のE5系を4本増備し、東京~新青森間の15往復中7往復の列車に充てます。
山陽・九州新幹線は新大阪~鹿児島中央間の「みずほ」「さくら」の本数を1.5倍、16往復から23往復に増発します。と同時に、山陽新幹線「こだま」で使用している100系が引退、これをもって100系は新幹線の線路から姿を消します。100系の後任車両は「みずほ」「さくら」増発で運用に余裕ができた700系7000番台車(レールスター)が運用につきます。500系8両編成も引き続き使用します。

そのいっぽうで、利用の少ない寝台特急「日本海」(大阪~青森間・乗車率54%)と、急行「きたぐに」(大阪~新潟間・乗車率28%)は、毎日運転をやめ、繁忙時の臨時列車となります。
利用が少ないこともありますが、国鉄時代から運行されている車両の老朽化も進んでいるのでしょう。何せ国鉄からJRに変わって早25年。車両もリニューアルしているといえ、もう限界と思います。
そういえば夜行列車は、サンライズやカシオペアを除き、後継車両がなかなか現れません。
やはり長距離は航空機、または夜行高速バスの時代で、もはや夜汽車の旅は時代遅れなのでしょうか。
国鉄時代は、昼夜問わず長距離列車が数多く運行されていましたが、JR発足後、しだいに減少していきました。長距離主体の国鉄から、短距離で地域輸送主体のJR各社へシフトしていきました。
長距離の特急・急行列車は、毎日運行から臨時便に格下げされたのち、廃止されていったものもあります。急行「津軽」(上野~青森間・奥羽本線経由)などがそうです。
2001年3月には、長距離特急「白鳥」(大阪~青森間)が廃止されました。
全長1,040km。所要時間約13時間と、昼行特急最長距離を誇りました。
JR発足当時より、もはや長距離の利用客は少なく、まして全区間乗車する客は、鉄道ファンなど極めて少なかったです。もっぱら地域の足として機能していました。
「白鳥」廃止後は、北陸本線・信越本線・羽越本線・奥羽本線内と、
各区間の短・中距離特急に編入されました。
(現在「白鳥」の列車名は、新青森~函館間の特急が使用。)
今回臨時列車に格下げされる「日本海」にしても、所要時間が15時間と長く、
下り大阪17:47発、青森08:45着
上り青森19:31発、大阪10:27着
といったダイヤでは、航空機を利用した方が能率よいに決まってます。便数は少ないですが。
今回の「日本海」廃止により、大阪発のブルートレインが消滅します。
残るブルートレインは、「北斗星」(上野~札幌間)と、「あけぼの」(上野~青森間・羽越線経由)だけです。
JR発足時は、全国にこれでもかと走っていたのに、今はわずか2本だけ。寂しい限りです。

余談になりますが、寝台特急「日本海」にまつわる事件を紹介しましょう。
1980年代半ば、「日本海」の車両の屋根に6時間もしがみついて無賃乗車する事件がありました。
青森発大阪行きの列車で、京都駅で降りた一人の乗客が、自分の乗った列車を振り返ると、屋根に男の姿がありました。びっくりした乗客は、駅の精算所に通報しました。しかし列車は発車していたので、次の停車駅、終点である大阪駅で係員が、京都駅からの連絡を受け列車を待ちかまえてました。
列車が到着すると、機関車のすぐ後ろの電源車の屋根に、確かに人がいるではないか。屋根から人を降ろすも、電源車のディーゼルエンジンの排気で服が真っ黒に汚れ、口もきけないほど衰弱してました。
身元を調べてみると、彼は東北地方に住むとび職の中年男性。所持品は180円の片道キップだけ。明らかな無賃乗車です。所持金はありませんでした。
職を求めて、大阪へ無賃乗車してしまったとのことです。あまりに危険すぎるやり方ですが。
取り調べによると、彼は午前1時ごろ、信越・北陸本線直江津駅のホーム屋根から寝台特急「日本海」の電源車屋根に飛び乗って、終点大阪駅までの445キロ、6時間にもわたって列車の屋根にしがみついていたのです。

機関車と電源車
機関車のすぐ後ろ電源車の屋根にへばりついて無賃乗車する事件がかつてあった。写真の列車は本文と関係ありません。

途中時速110キロで走行する区間があり、トンネルもありながらも、ただへばりついていたそうです。時速110キロなら、風速30メートル。かなりの強風にさらされます。冬なら強風で凍死しそうです。
当時の国鉄からすれば、もし事故があったらと怒りを隠せない気持ちでした。
特急列車の屋根に6時間もへばりつける腕のとび職人なら、大阪までの料金くらい稼げたと思うのは、まじめな証拠です。



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スマホと昔のケータイ

またしてもスマホの話題です。
私が買ったスマホは、典型的なストレート式の分類に入ります。実は初めて持ったケータイも、ストレート式でした。だから、初代ケータイ以来のストレート式です。ここでは、古いケータイ中心に語りませう。

スマホと昔のケータイ
いま持っているIS13SH(左・2011年)と、初めて持ったツーカーTS01(右・2000年)。幅こそちがうものの、長さは同じ。
同じストレート式でも昔のケータイとスマホはちがうのは言うまでもないだろう。昔のケータイは小さな液晶にずらり並んだボタン。スマホはフルタッチ画面。
Tu-Ka by SANYO。今となってはもう昔。ツーカーはすでにサービス終了し、三洋電機携帯事業も京セラに経営譲渡し、さらに三洋はまもなくパナソニックの傘下に入る。

スマホと昔のケータイ
斜めから撮影。

ワンセグ用と通話用のアンテナ
両方共アンテナを備えるが、スマホのはワンセグ用、昔のケータイは電波受信用と、根本的に用途がちがう。

PDCアンテナ
今となっては懐かしいPDCアンテナ。2002年頃より、アンテナは順次本体内蔵型になり、代わりにワンセグアンテナが装備されている。
現在PDC・第2世代携帯電話(2G)方式はdocomo、movaのみ。かつてはDoCoMoの主力方式として風靡したmovaも、2012年3月をもってサービス終了となる。au DIGITALにおいては2003年3月で、SoftBank6-2も2010年3月、PDCのみのTu-Kaも2008年3月で終了している。

702G

702G
au DIGITAL 702G京セラ 2000年の機種。躯体はTu-Kaに似ていた。フリップなしは703G。それぞれTu-KaのTK02、TK01に相当する。当時フリップ式は三菱(D)ばかりと思っていたが、京セラでも制作していた。三菱がフリップ式だけのデザインを制作するいっぽう、京セラはほぼ同じデザインでフリップありとなしの機種を同時制作していた。

昔のケータイ
昔のケータイ。左からTS01、TP11(以上ツーカー)、A3011SA(au)ストレート式のモノクロ液晶、折りたたみ式のモノクロサブディスプレイ液晶がまた懐かしい。もちろんカメラはない。(2005年2月撮影)
今のIS13SHにも常時な時計表示があるのを思うと、かつてのケータイをほうふつさせる。

昔のケータイ
上のケータイを展開した。緑に光るボタンも、古いケータイならでは。
カラー大画面になりつつ、折りたたみ式が普及していき、ストレート式は古くさくなっていったが、スマホの時代になり再びストレート式が増えつつある。(2005年2月撮影)

TP11
私が10年前(2001年)に使っていたTPP11、いやTP11。カラー液晶だけど、256色STN、96×112ピクセル液晶と現在に比べたら貧弱なディスプレイ(現在は26万色TFT、480×854以上のピクセル)。卵形のボディなんぞ、今では見られないだろう(現在は実用的な直線デザインばかり)。ツーカー、パナソニック(当時は松下通信工業)製。あのころのツーカーは元気だった。あゆ リリ´∀`)リ(2002年2月撮影)



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スマートフォンでケータイより便利なもの

私がスマートフォンを買って、1週間になります。
今まで、スマホって使いづらいなぁと思ってたのですが、いざ持ってみると案外使いやすいものです。
今までのケータイに比べて、格段と便利になったところもあります。
ピクチャとグーグルマップ、そしてYouTubeという動画が便利になりました。


ボロボロのフィルム

専用フィルムを貼り付けた
まず先に、液晶保護フィルムは買った時、めくれやすくキズつきやすく気泡が入ってボロかったので、新しく交換しました。操作も良好です。

基本機能
基本機能を開いてマップをタップする。

Googlemap
Googlemapが出てくる。日本のみならず全世界見れる。昔ながらの地図帳では、市内・都道府県別・地方別・日本・世界と別々に用意しなければならず、かなりかさばる。それがスマホにGooglemapとして小さな町から全世界まで収録してあるのだから驚き。

Googlemap
ドラッグでスムーズに移動、ピンチアウト・ピンチイン(画面上で2本の指を広げたり狭めたりする操作)でズームイン・アウト(拡大縮小)スムーズ自由自在。今までのケータイでは、ボタン操作で段階的に移動、拡大縮小していて、切り替わりに時間がかかってイライラした。

新宿駅周辺の地図
新宿駅周辺の拡大図

駅ホームも表示
駅ホームも表示できる。大きなデパートの各階も表示できます。


ピクチャ

ピクチャ

ピクチャをピンチアウト
ピクチャでも、ピンチアウト・ピンチインで拡大縮小自由自在表示できます。今までのケータイは、やはりボタンで操作するしかなく、段階的に表示していた。しかも赤い小さな三角形の表示がじゃまだった。

スマホでYoutube
YouTubeも見れる。スマホでは1ファイルがノンストップで見られて、気持ちいい。ケータイでも見れたのだが、一定時間ごとに分割され、そのつど切り替えなければならなかった。docomoでも10分毎、auでは2分毎、SoftBankでは20秒毎に分割され、不便だった。

スマホでYoutube
横向きでも見られる。映像が大きくなる。

他にも便利な点はありますが、きょうはこの辺にしておきます。



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皆既月食を撮影

先ほど、皆既月食を見ました。皆既月食とは、太陽・地球・月が一直線に並び、月が地球の影にかくれてしまう現象です。つまり月に当たる太陽光が、地球によって完全にさえぎられてしまうのです。私は、意外に生まれて初めてみました。21時45分から欠け始め、23時5分、皆既状態になりました。
その皆既月食を、写真に収めました。
外は寒くてかぜ引きそうですた。
位置は意外に真上にあり、上を見上げながらの撮影で、首が痛くなりそうでした。また、光学ズームでの撮影で、手ブレ補正を使用しました。使用しないと、月がぼやけて写ってしまいます。

満月
通常の満月。20時52分。きれいに撮影できました。自画自賛ですが(笑)

欠け始め
月が欠け始める。21時54分撮影。やはり普通の満ち欠けとは違う。

1/3欠けている
22時13分撮影。

半分欠ける
22時20分撮影。半分欠ける。

2/3欠ける
22時37分撮影。

まもなく覆い隠れる
22時54分撮影。まもなく覆い隠れる。三日月とも違う。

赤色へ
22時59分撮影。月が赤色に染まり始める。

赤色に染まった月
23時7分撮影。完全に赤色に染まる。これが皆既月食である。月が暗くなってしまったので、画像もぶれてしまった。

以上、初めて撮影した皆既月食でした。



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おさいふケータイは何かと便利

時計表示

きのう、スマホに変えた私ですが、新しいスマホはおさいふケータイ(Felica)も使えるのが魅力です。EdyやSuicaなど、日頃使っています。
私はiphone4Sも欲しかったのですが、意外におさいふケータイはないのですね。世界的に標準のスマートフォンなのでしょうか。おさいふケータイがないのは、ある意味不便です。電子マネーカードでもいいのですが、それだと残金確認はレジで支払う際や、改札を通る時でしかできないのです。カードには画面はありません。当たり前ですが。おさいふケータイだと、もちろん画面があり、いつでもどこでも残金が確認できます。
おさいふケータイは使えるのか、自分で機種変手続きしました。

Edy
以前のケータイから引越して、使えるか心配で財布も持ってきました。機種変直後は心配です。しかし何の問題もなく使えました。

nanaco
nanacoも使えます。

話は変わりまして、
バッテリー残量が詳細に
新しいスマホはバッテリー残量など、現在の状況が詳細にわかります。
私はこのスマホにしてよかったです。



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スマホ 手にいれた!

きょう、ついにスマートフォンを手に入れました。
私が前から欲しがっていたIS13SHです。私は男なので黒を選びました。ピンク色もありますが、恥ずかしくて持てるものではありません。黒だと意外にシンプルなデザインです。

今までのケータイにさようならです。

IS13SH
au byKDDI IS13SH。画面OFFでも時計表示が可能です。こんなスマホ欲しかった。

充電中
従来のケータイでは、充電容量もわかる。充電中でもどれだけ進んでいるかわかります。

充電プラグと起動ボタン
充電コードは、今までのケータイと違う。横のボタンは画面起動ボタン。

ホーム画面
画面を起動して上へスライドすれば、ホーム画面が現れる。

裏面 充電中
裏面。

手書きも!
このスマホ、キータッチだけでなく、手書きも可能。しかもペン類は使わず、指でなぞるだけ。ひらがなカタカナだけでなく、漢字も書ける!驚いた。

モリサワ新ゴ

モリサワ新ゴ

モリサワ新ゴ
手書きで書いてみた。

サイト閲覧 横
自分のブログも見てみた。PCと同じ風に見れる。

サイト閲覧 タテ

サイト閲覧 横
初期状態の文字はモリサワ新ゴ R よく印刷物で使われるフォント。首都高の標識や、JR東日本の駅ホームなどでも使われ、個人的にもお気に入りのフォント。

きょう持ち始めたばかりなので、こんなもんしか書き込めませんが、意外と使いやすいのに驚いている私でした。



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デジタル化と鉄道の方向幕

先ほど、老舗雑誌の休刊を紹介しましたが、時代のニーズに対応しきれなくなったばかりでなく、インターネットの普及もあります。
現代はなんでもデジタル化してしまって、ネットだけでなく、電子書籍も続々登場して、デジタルカメラも普及して、このままでは今世紀中に紙が消滅してしまうのではと、思います。
トイレットペーパーは残りますが(笑)。
また、写真屋さん、本屋さんということばも消滅してしまうのでは。音楽や動画もネットでダウンロードできて、CD屋、ましてレコード屋ということばもなくなってしまうだろう。
ネットなら、電子書籍にしろ、写真にしろ音楽にしろSOLD OUT(品切れ)になることはありませんし、わざわざ本屋に足を運ぶこともありません。
本、雑誌からインターネットというデジタル化は、鉄道の設備にも言えることでしょう。
行先を表示するものも、板(サボ)から方向幕、そして現代ではデジタル表示(LEDがほとんど)に移り変わってきています。
一例をあげてみました。

デハ801サボ
昔ながらの行き先方向板。サボと呼ぶ。今は引退した銚子電鉄デハ801のもの。

山手線205系
今は懐かしい山手線205系。正面に「山手線」と表示。内回り外回りという表示はしない。

山手線205系
側面にも、「山手線」と方向幕で表示。

山手線E231系
現在のE231系は、LED表示。単に「山手線」でなく、「東京・品川方面」など表示。乗る駅によって変わる。例えば原宿駅から外回りに乗る場合「新宿・池袋方面」、逆の内回りは「渋谷・品川方面」と表示している。デジタル化した行き先表示を有効に使用している例である。
余談だが、山手線E231系は最近まで6ドア車両が2両連結してあったが、ホームドアを設置するため現在は全車両4ドアの車両になっている。写真は6ドア車両連結していた頃のもの。

東武8000系 幕式
東武8000系 行き先表示 幕式

東武8000系 行き先表示 LED式
同じ東武8000系でもこちらはLED行き先表示。
幕式では順々に変わって行くのに対し、LED式では一瞬に行き先表示が変わる。また、幕式では、通常方向幕には、車両にもよるが、30~70通りの行き先が用意されている。伸ばしてみると、意外に長いようだ。私は実物を見たことないのでわからないのだが。

パタパタ
昔の東海道新幹線東京駅の発車案内。懐かしい「パタパタ」式。

フルカラーLED発車案内
現在の東京駅発車案内。フルカラーLED式で、日本語と英語を交互に表示する。
以上、鉄道のデジタル化の一例でした。

いずれにしろ、従来の「アナログ式」は、機械的な動作のため物理的収容数に限界があります。「デジタル式」では、コンパクトに大容量のデータを収容できます。
CD-ROMは650MB、DVDは4.7GB、HDDは100~500GB果ては1500GB(1.5TB)と、大容量のデータを収容できます。正確にはわかりませんが、2MBと大きい画像を保存するのに単純に計算するとCDは320枚、DVDは2300枚、HDDは5~25万枚程度保存できます。小さいサイズの写真ならさらに多く保存できます。CD-ROMでさえ、A4サイズの写真集とは比較になりません。A4サイズに比べて、CDが小さいのは言うまでもありません。それにHDDは500GB程度で安いもので1万円くらいで買えます。通常写真集は、2000円くらいで100~200ページくらいです。
やっぱり文明はすごいなあと、思いました。


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消えゆく古きよき老舗雑誌

今年も、12月に突入し、残り1か月を切りました。
WEBページを見ていたら、歴史ある雑誌が次々休刊して行くのを知りました。

まず、新潮社の老舗旅行雑誌「旅」が来年1月発売の3月号をもって休刊することになりました。
広告収入の減少や旅行需要の落ち込みなどで赤字体質を改善できなかったと新潮社の話です。
それでも戦後の高度経済成長期には旅行ブームで人気を集めました。作家、松本清張の代表作「点と線」を連載し、ベストセラーも生んだのです。
私も、昔読んでました。新幹線の車内設備なども詳しく説明した記事もあったのを覚えています。いつの号かは忘れましたが。
かつては日本旅行文化協会の刊行でしたが、売り上げ不振のため刊行が新潮社に移管されていました。

続いて、小学館の老舗学習雑誌「小学三年生」「小学四年生」が来年3月号をもって休刊することになりました。
創刊は大正時代にさかのぼり、それぞれ1923年、1924年です。小学館の主力書籍としてピーク時の1973年にはそれぞれ102万、82万部を発行していました。1963、64年生まれの世代、アイドル全盛期の時代です。
しかし、少子化、社会状況、生活環境の変化とともに部数が減少し、現在では3~5万部に落ち込んでいます。
2009年度(2010年3月号まで)には、「小学五年生」「小学六年生」を休刊しました。
小学館は、学年別という現在の刊行状態では、成長と変化の著しい小学生世代のニーズに合わないと判断し、休刊すると決め、今後は、3~6年生の児童を対象としたムックシリーズで、新たな児童向けジャンルを開拓すると言います。
低学年向けの「小学一年生」「小学二年生」は引き続き刊行します。
私も昔ガキの頃、親に買ってもらったことがありました。何といっても豪華な付録がついているのが好きでした。
しかし現在、ここまで売り上げが落ちているのは、少子化はもちろんですが、雑誌の中身が、「広く浅く」という内容で、言ってみれば、「お子さまランチ」もしくは「学校給食」方式という内容でしょう。
小学生といえども、個人差が大きく、さまざまなジャンルがあって人それぞれであり、それに対応できていない内容ではないかと思います。

しかし、「旅」にしろ「小学×年生」にしろ、さらなる理由は、定かではありませんが、インターネットの普及による、紙離れでしょう。あくまで私の推測ですが。
今はPCなりケータイでネットが見れて、料金も定額制でネット見放題の時代。それに、雑誌よりネットが無限に情報収集できる時代なのです。雑誌だとどうしてもジャンルや容量が限られ、マイナーな情報は得られないのですが、ネットならマイナーでマニアックなジャンルも検索でヒットしてしまうのです。
小学校低学年くらいならまだしも、3年生くらいになると、PCを操作できる子どもも出てくることと思います。
子どもが成長するにしたがって、現実を手のもとにしていくのです。そんなニーズについて行けなくなったと、私は思います。

私は大人ですが、最近はほとんど雑誌を買って読みません。新聞も最近ほとんど読みません。
ニュースにしろ、アダルトにしろネットで済ませてしまう昨今です。情報はほとんどネットで得ます。
PCがあるからこそ、カメラだって、最近はデジタルカメラで撮影し、撮影した画像をPCに取り込み、PC画面上でしか見ません。プリントアウトする時も、ごくわずかの必要最小限枚数です。
昔のフィルムカメラと違い、紙類はほとんど使わないんです。
それと、デジタルカメラ(ケータイ内蔵も含め)は、静止画だけでなく、動画も撮影できます。フィルムカメラでは不可能でしょう。便利な時代になったものです。

そういう背景もあるのでしょうか。
電車乗るにしても、キップを買わずICカード(Suica、PASMOなど)で乗車、
高速道路乗るにも、通行券取らずにETCで通行、
コンビニで買い物するにもEdy、nanacoで精算するなど(もっともレシートを受取りますが)、
紙いらずの時代になりつつある現代です。

ネットが普及するにつれ、雑誌が廃れていくのも、怖い気がします。



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