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鳥の写真 第4弾

前の記事で花やヨシ原の画像を紹介しましたが、今回の記事は鳥の撮影です。

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鳥ではありませんが、
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以上全て渡良瀬遊水地での撮影でした。

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春を求めて

年度末の曇り空って、悲しい気がする。
そこで私は、春を求めて画像を貼ってみた。渡良瀬遊水地へ行った。

枯れ草・枯れ木ばっかりで電球色の冬と違い、春は様々な花が咲き乱れ、カラフルさがいい。

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渡良瀬遊水地も、除々にヨシの新芽が生えてきている。春が来た~!
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谷中湖へも、渡良瀬川からの放水が始まった。
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水位上昇にご注意ください。

以上、春らんまんを告げる写真を紹介しました。

春というのは、景気に関係なく来るのですから、不況に負けず人生がんばりましょう。

Spring has come.


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今年度 終わり


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3月31日。2012(平成24)年度も今日で終わり。お別れだ。
寒い曇り空の下で年度末を迎えるのは寂しい。うつになりそうだ。
安倍政権のアベノミクスが成果を上げているというが、実感がわいてこない。
景気は上向きといっても、一律に景気がよくなるわけではない。
相変わらず不況の企業もある。特に輸出企業。
国内の景気が上向きでも、輸出先の国の景気が下向きではどうしようもない。
来年度はどんな展開になることやら。


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東武日光線4連と東武野田線新車

先日行われたダイヤ改正だが、その中で東武鉄道はどうなったのだろうか。
3/24と3/30に分けて、写真を撮影してきた。

まずは3/24(日)、日光線のようす。

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4両編成化された東武日光線の普通列車 30000系南栗橋行き 板倉東洋大前~柳生間

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10030系4両編成普通新栃木行き 柳生~板倉東洋大前間 6両に比べ寂しい感じがする。車両が違う以外、1970年代以前を彷彿させる光景。

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10030系4両編成普通南栗橋行き 藤岡~板倉東洋大前間 やっぱり寂しい。それでもかつて浅草~東武宇都宮間直通の準急列車1時間1本だけの時代に比べればまだましな気がする。現在は日中30分の等間隔である。


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特急スペーシア 水色 板倉東洋大前~柳生間

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特急スペーシア 紫色 板倉東洋大前~藤岡間

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JR直通特急きぬがわ 柳生~板倉東洋大前間



続いて3/30(土) 南栗橋付近にて

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南栗橋駅東口

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東北新幹線下に停車している東京メトロ03系 日比谷線直通列車の運転区間は一部が東武動物公園駅から南栗橋駅まで延伸した。

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留置線を見ると、見慣れない車両が。

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踏切をわたって、南栗橋留置線の裏にまわりこむ。

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やはり青い車両が見える。

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小田急の地下鉄千代田線直通用4000形に似て見える。

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行き先に「大宮」とある。実は、納入されたばかりの東武野田線用の新車、60000系なのだ
本線・東上線ですでに活躍している50000系列をベースに設計された車両。

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50050系と並ぶ。野田線は今まで、古くは3000系、5000系の吊り掛け車(ごく一時期日比谷線直通2000系改造のカルダン車両2080系もあったが、故障が多く、かつ非冷房のため短命に終わった)、現在は8000系と歴代にわたり本線の中古車ばっかり押し付けられ(昔の国鉄みたく、本線に新車を投入し玉突きで支線区へ中古を押し付ける)、新車なんぞ一度も投入されたことがなかった。沿線住民の不満も多かったことだろう。今では、さいたま市という政令指定都市にかかるにも関わらずである。また、流山おおたかの森駅で、つくばエクスプレスから乗り換えて、野田線はボロいなあと思う乗客もいたことだろう。
野田線を走る東武8000系の画像はこちらにもあります。 その1 その2(共に2012/07/15撮影)

1944年、前身の総武鉄道から東武へ合併して以来、おそらく初めての新車といえよう。最近の東武に正直驚いた。昭和から平成に移る際、JR東日本が横浜線などに205系を直接投入した時みたいに感動した。
60000系は、現在の段階ではいつ運行開始するかわからないが、一日でも早く営業運転に就けばと、願っている。
野田線初といっていい、純新車に期待しよう。


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渡良瀬遊水地 春の姿 その2


その1に続きます。

第3調節池

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当日撮影
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1/20撮影


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なの花の道を行く。まさしく春らんま~ん。

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当日撮影
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1/20撮影

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当日撮影
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1/20撮影

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当日撮影
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1/20撮影

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当日撮影
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1/20撮影

渡良瀬カントリークラブ付近

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当日撮影
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2/3撮影


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東京では例年よりかなり早く満開だが、渡良瀬カントリークラブでも桜が満開!
当日撮影

第1調節池

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当日撮影
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2/3撮影


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やはりヨシがない分見通しがよい。安全!

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春を告げる谷中湖であった。

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当日撮影
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3/9撮影

再び第3調節池へ

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当日撮影
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1/20撮影

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当日撮影
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1/20撮影

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越流堤。増水時にあえて調節池に流しこむため、一段低くなっているのがわかる。当日撮影


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当日撮影
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1/20撮影

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当日撮影
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3/16撮影

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当日撮影
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3/16撮影

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当日撮影
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3/16撮影

以上、ここまで。本当に疲れました。

本当はもっと紹介したいんですが、力つきました。


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渡良瀬遊水地 春の姿 その1


1週間前、ヨシ焼き(野焼き)を行った渡良瀬遊水地。

さて、どうなっているか、画像を紹介しましょう。春を求めて。

なお、当日と焼く前の比較画像を一部用意してます。ただし、定位置でない画像もありますが、お許しください。

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まずは谷中湖に来た。現在(3/23)のところ湖は干上がった状態。底が見えている。

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当日撮影 北エントランスから。完全にヨシはなくなっている。

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見通しが良い。走っている車も見える。

谷中湖東

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当日撮影
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3/10撮影

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当日撮影
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3/10撮影


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当日撮影
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2/3撮影

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当日撮影
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2/3撮影

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当日撮影
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2/3撮影

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当日撮影
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3/9撮影

第2調節池

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当日撮影
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3/10撮影

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当日撮影
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3/2撮影

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当日撮影
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3/2撮影

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当日撮影
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3/2撮影


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なの花が目にしみるぅぅ。春らんまんだねぇ。
当日撮影

記事が長くなりますので、その2へ続きます。


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東急田園都市線と東武線直通運転10年

優勝を目指していたWBC日本代表、ついに準決勝でプエルトリコに敗れ、3連覇の夢はならなかった。残念。
さて、東急東横線が東京メトロ副都心線・東武東上線・西武池袋線と相互直通運転し、横浜と川越・所沢が乗り換えなしで行けるのはよいのだが、東横線は今まで基本的に渋谷駅発着は100%東急の車(横浜高速鉄道車も含め)だったのだが、3月16日以降は東急だけでなく、東武・西武・そして東京メトロの車輌も走行するようになった。
早朝・深夜の出入庫を除き、自社の車輌に出会う確率がいちじるしく下がってしまったのだ。4社直通なのだから単純計算で4分の1(25%)である。
東急線なのに、なかなか東急の車輌に出会えず、他社車輌ばかり来るのは、寂しい限りである。
今まで東横線は東急の車輌ばかりで、他社車輌といえばたまに東京メトロ日比谷線の車輌を見かける程度だった。
阪急京都線で見る大阪市営地下鉄堺筋線の車輌、近鉄京都線で見る京都市営地下鉄烏丸線の車輌。いずれも各駅停車中心に使われ、たまたま見かける程度である。東横線もそんな路線で、中目黒~菊名間で地下鉄車輌を見る程度だった。
今回の東横線・副都心線相互乗り入れにより、東急線で自社車輌ばかりの路線は、池上線・東急多摩川線・そして大井町線といったいわゆるローカル線だけとなってしまった。
東急の幹線ターミナル駅は、すべて地下になってしまって、単なる中間駅となった感がある。
現在東急でまともなターミナル駅として残っているのは、蒲田駅だけだ。池上線・東急多摩川線(旧目蒲線)の両列車を発着させるため渋谷駅旧東横線ホームに匹敵する広さである。
もっとも3~4両分の長さしかないが。
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東急池上線・多摩川線蒲田駅。屋根こそ違うが広さは渋谷駅旧東横線ホームに匹敵する 2枚とも2005/05/02撮影

目黒線目黒駅も、東京メトロ南北線・都営地下鉄三田線に直通するため、現在は地下ホームの1面2線だが、目蒲線時代は地上2面2線の相対式行き止まりホームだった。いかにも終着駅・始発駅といった雰囲気が漂っていた。

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相互乗り入れといえば、東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線・東武日光・伊勢崎線の直通運転があるが、2003年3月に、半蔵門線が水天宮前~押上間が開通したのに伴い開始したもののである。
本日(3/19)、10年を迎えた。10年前の当時はアメリカ軍のイラク攻撃が始まった(イラク戦争勃発)ころである。
以前から東武には地下鉄日比谷線の直通があったが、そちらは2社直通にとどまっていた。東武の車輌が東急へ、東急の車輌が東武へ行くことはなかった。
半蔵門線では、東急の車輌が東武の南栗橋まで、東武の車輌が東急の中央林間まで相互直通するのである。東武日光線南栗橋~東急田園都市線中央林間間、総延長100キロの直通列車が走る。

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東武南栗橋駅に進入する東急8500系 2003/03/22撮影

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田園都市線と違って、踏切のある東武線を行く東急8500系 2009/11/08撮影

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東急宮前平駅を発車する東武50050系 2007/05/04撮影

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東急二子玉川駅を発車する東武30000系 2003/06/20撮影

2002年度まで、東武線では他社車輌はたまに営団(当時)日比谷線の車輌を見かける程度だったのだが、2003年より一気に東急田園都市線・営団半蔵門線の車輌も多くみかけるようになった。
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メトロ8000系と東急8500系が並ぶ。ひと昔前の田園都市線車両はこんなラインナップだった。といっても長津田や鷺沼ではなくここは南栗橋。撮影当時は営団民営化直前で、Sマークが外されMマークがない 2004/02/15撮影

東急田園都市線でも、東急・営団の2本立てだったところに、東武の車輌が多く走るようになり、それも中央林間~清澄白河・押上間の列車と東武線に帰らない運用に多くついた。
2003年3月ダイヤ改正では、東急~東武間の直通は、東武線内は日中は毎時3本の区間準急(現準急に相当)、朝、夜の通勤準急(現急行に相当)だったが、2006年3月ダイヤ改正では、日中は毎時6本の東急直通急行列車が、従来の太田・新栃木行き東武線内準急に代わって主役になった。同時に伊勢崎線久喜への直通も始まった。なお東武線内準急も区間急行に名称変更されているが、朝と夕方以降の運転となり、東急直通の急行・準急を補助する形になった。
ただし東急直通は10両編成のため、南栗橋・久喜どまりになり、以遠へ行くには両駅で乗り換えとなった。
これにより東武北千住~春日部間の日中の輸送力増強が図られた。6両編成の準急から10両編成の急行に代わったのである。
2013年3月改正では、日中の東急直通急行は毎時南栗橋行き2本、久喜行き4本になり、南栗橋行きは毎時2本の日比谷線直通列車がある。東急東横線への乗り入れが廃止されたので、メトロは車輌が余ったからなのだろうか。

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東急線で東武車両どうしのすれ違い 2007/05/04撮影

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東武春日部駅に到着する営団(当時)8000系 2003/05/10撮影

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南栗橋留置線で並ぶ東急8500系と東武8000系 2009/07/12撮影

なお、3社直通となると、特に携帯電話の使用ルールが会社によって異なり、混乱したと思う。
特に2003年当時、東急の携帯電話ルールは、奇数号車はマナーモードに設定、偶数号車は電源OFFの車輌だった。
いっぽう東武・営団においては、携帯電話の通話はご遠慮するだけだった。
しかし相互直通するようになると、3社で使用法が違うため、混乱するようになり、2003年10月より、JR・私鉄・地下鉄といった首都圏の鉄道事業者で携帯電話の使用法を統一するようになった。
優先席付近では携帯電話の電源を切るようにし、それ以外の場所ではマナーモードに設定し、通話は遠慮する形をとった。

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2005/05/02撮影
さらに2005年ごろ、東急を皮切りに、優先席付近のつり革、壁をオレンジ色にして、電源OFFの優先席を強調した。他社も追従した。


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東武初のワンハンドルマスコンとなった30000系運転席 非常にシンプル 2003/05/23撮影

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2005/09/18撮影
東武~東急直通当初に使用された東武30000系は、必ず6両+4両の連結だった。このため、東急田園都市線内の朝ラッシュ時は、中間に来る運転席にスペースを取られて収容能力が劣った。しかもよりによって最も混雑する4・5号車に来るのだから苦情を買った。東急5000系で4・5・8号車に6ドア車を連結しているのとは対照的だ。
そのため2006年3月より東武は10両貫通の50050系へ除々に置き換えられ、30000系は北関東ローカルに転用していった。6両、4両編成を中心に活躍している。
2007年上半期には、ワンマン化直前の東武宇都宮線で活躍した時もあった。しかし結局8000系ワンマン車に置き換えられた。

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2003/06/20撮影
東急の車両には、東武線へ直通できない編成もある。東急8500系の比較的古い編成(8612編成まで)とVVVFインバータ8642編成、3編成しかない平成生まれの2000系(9000系そっくり)が該当する。これらの車両には正面窓にKマークを表示している。
写真の8503号車はすでに廃車され、他の8500系Kマーク車両も廃車される車両が続出した。長野電鉄、秩父鉄道など地方私鉄へ譲渡するが、中には、海を超えてインドネシアへ渡った車両もあり、ジャカルタ市内で活躍している。

以上長くなってしまったが、東武線と東急田園都市線直通のはなしでした。


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渡良瀬遊水地 ヨシ焼き


きょうは、栃木・群馬・埼玉・茨城県にまたがる渡良瀬遊水地にて、ヨシ焼き(野焼き)が行われました。遊水地内の害虫を駆除する目的で、毎年3月中~下旬に行われます。ヨシ焼きを行うことにより、植物など生態系がリセットされるため、植生遷移が抑制されることにより、貴重な植物、そして野鳥が生息できるのです。
2010年までは毎年行われていたのですが、2011年、12年は、東日本大震災の影響で放射能飛散を恐れたため、中断されていたのですが、専門家から問題なしの見解を示し、今回は3年ぶり再開の運びとなりました。
実は私、ヨシ焼きを見るのは初めてです。当日の様子を見に行ってきました。車の移動が中心なため、遊水地内へは立ち入りできませんが、遊水地を一周してきました。


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国道354号柏戸交差点から谷中湖を見る。煙が出ている。

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電光掲示板には、「ヨシ焼き実施中」とある。

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谷中湖中央エントランスから。

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北エントランスから。閉鎖されていて立ち入りできない。

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栃木市藤岡町藤岡から。

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渡良瀬カントリー倶楽部北側、第3調節池。

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渡良瀬川、藤岡大橋から。

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栃木県道50号藤岡乙女線。この日はヨシ焼きで火ぶったい。

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栃木市藤岡町赤麻より。煙を上げている。

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栃木市藤岡町部屋。

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巴波川(うずまがわ)沿いにゆく。

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よく見る(ズームアップする)と、炎が見える!!「燃えてるじゃない!!」と思わず興奮した。

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勢いよく煙をあげる。

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第2調節池にたどり着く。すすが飛び散る。ここからは、焼かれた遊水地が見物しやすい。

さて、どうなっているのだろうか。


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焼け野原(?)となった遊水地。

 ここからは、ビフォーアフター方式で紹介します。
別に興味をそそる意味で画像をうpしたわけではありません。

第3水門(栃木市藤岡方面)を望む場所
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AFTER
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第2水門(古河市街方面)を望む場所
BEFORE

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AFTER
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渡良瀬川新赤麻橋(谷中湖方面)を望む場所
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AFTER
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AFTERは当日撮影、BEFOREは2013/01/19撮影。
ヨシ焼き前とヨシ焼き後の姿でした。


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遅々として進まない復興・復旧


東日本大震災から2年。
人によっては、もう2年かと言う人もいるけど、被災者にとっては、まだ2年なのである。
被災地では、がれきが未だ片付いておらず、山のように積まれた地域もある。復興がいっこうに進まない。
福島の原発周辺以外でも、がれきが積まれたまま。
これも民主党がケチケチ・グズグズやっていたからだろう。
もしも東日本大震災が自民党政権下で発生していたら、もっと早く復興が進んだことでしょう。民主党政権下で発生してしまったことを後悔している。
阪神・淡路大震災の時も、自民党政権下でなく、当時の社会党(現社民党)政権で発生した。
最近の大震災は、与党が自民党でない時に発生するジンクスがあるような。
だいいち民主党のやることは、ケチケチしてて後ろ向きのやり方だ。2009年9月鳩山政権発足直後には、八場(やんば)ダム中止、事業仕分けなど、とにかく後ろ向きだ。
高速道路も大震災後、大好評だったETC限定休日1,000円上限、無料化社会実験を廃止させた。
震災での復旧費用を確保させるためなのだが、おかげで休日の高速料金は半額になるといえ従量制で長距離になればなるほど高くなってしまった。無料化実験で賑わっていた地方の路線は、実験終了後閑古鳥がなく始末。
例えば日本三景・松島では、全国から車が来て賑わっていたのが、1,000円上限終了後は地元宮城・仙台ナンバーばっかりになってしまった。
四国・香川県でも、讃岐うどん屋に日本全国の客が入っていたのに、地元の客ばかりになってしまった。
もっとも新幹線とフェリーの需要が息を吹き返したのも事実だが。

その代わり、被災者のドライバーを無料措置する制度を発足させたのだが、肝心の当該被災者は、三陸地区に集中していて、普段高速を利用しない。
だから被災者無料制度は県外に避難している原発事故の住民以外メリットが薄い。
今度は東北地方の高速道路を2011秋から2012春まで無料化したのだが、以前の1,000円上限を続けてくれた方がかえってありがたかったと思う。

鉄道の復旧も、いち早く復旧できたのは東北新幹線くらい。
三陸沿岸地区を走るローカル線は、復旧がやたら遅い。震災から2年経つのに、未だに復旧できていない路線もある。
大津波を避けるべく、内陸部へ経路変更もされているのだが、今までの経路で復旧させてもよかったのではないだろうか。長年馴染んできた鉄路なわけだし。数百年おきと言われる大津波のために経路変更というのはどうだろうか。昔の国鉄だったら、たとえ東日本大震災の被害でも数ヶ月くらいで復旧させたと思う。

阪神・淡路大震災の時はそんなことなかった。
もっとも、阪神地区の大都会だから早く復旧できたけど。
新潟県中越・中越沖地震の時も、上越新幹線だけでなく、在来線も早く復旧させたのに。
何年たっても復旧できないのはおかしい。

以上、苦言だらけになってしまったが、復興に向けてがんばりましょう。


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3・11大震災から2年


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きょう昼から猛烈な風が吹き荒れ、黄砂の嵐です。こうなると花粉もPM2.5も飛びまくってると思います。夏や秋の台風もそうですが、春嵐も恐ろしいものです。やはり自然の力は恐ろしいです。
恐ろしいといえば、
大津波などによって15、000人以上もの犠牲者を出した東日本大震災から2年がたちます。
やはり最大の被害は、福島第1原発事故です。
大津波によって施設が破壊され、壊滅してしまいました。
以来放射能もれが続き、周辺住民は原発から20キロ以上離れた地域に避難を余儀なくされました。放射能除染が遅々として進まず、2年経過した現在も避難生活を強いられています。
福島第1・第2原発は、東京電力の管轄ですが、地元住民が使う電力は東北電力なのです。
福島原発は、東京など首都圏向けの電力を供給していたのです。
原発のすぐそばに住んでいても、地元住民は原発の電力は使えません。
すなわち国の助成金(だけ)で地元町村は成り立っていました。
地元にあるのに1Wの電力も使えない原発が事故を起こしたのでは、たまったものではありません。
また、大震災により原発事故が発生したことで、全国各地で脱原発運動が行われており、そのために原発が動かせず、代替として火力発電をフル稼働してますが、火力発電は重油など化石燃料を使い、かつ原発より発電能力が低く、その分基地を多く稼働させ、原発よりコストがかかります。そのあおりで、全国の電力各社ともども料金値上げに跳ね返ってきます。
そのため、太陽光、風力といった自然のエネルギを利用した発電が増えてきているのですが、今のところ原子力や火力より信頼性は低く、技術革新を期待したいものです。

3・11大震災では、太平洋沿岸部の鉄道が津波で大きな被害を受けましたが、2年が経過しているのに、未だ復旧できない区間が延長300キロ以上残ってます。
JR気仙沼線気仙沼~柳津間や大船渡線気仙沼~大船渡間は、BRT(バス・ラピッド・トランジット)として線路跡を舗装した道路をバスが走行する方式で、仮復旧させました。
鉄道に比べ本数を大幅に増やすが、所要時間は鉄道にかなわず、やはり鉄道として本格復旧してほしいものです。
しかし鉄道として復旧させるとなると、コストがかかります。
先日、山田線沿岸部(宮古~釜石駅間)の復旧費用が、JR東日本から発表されましたが、震災前の状態に復旧させる費用が140億円、線路のかさ上げ、駅移設、道路や川との立体交差などに70億円、合計210億円もかかる試算とのことです。このため、国の財政支援を求める方針です。
三陸鉄道は、長らく不通になっていた南リアス線全線のうち盛(大船渡)~吉浜間(旧国鉄盛線だった部分)が4月3日運転再開し、同時に新型車両も運転を開始します。残る不通区間は、来年春の復旧を目指します。
JR仙石線は現在不通区間の高城町~陸前小野間復旧(すなわち全線復旧)は、2015年度になる予定で、うち東名(とうな、とうめい高速ではない)~野蒜(のびる)間の内陸へ移設工事が東北運輸局より認可されました。
JR常磐線は浜吉田~亘理間が3月16日運転再開予定です。
相馬~浜吉田間は、線路を内陸に移設するための工事が2014年より開始し、2017年の復旧を目指す予定です。
広野~原ノ町間においては、原発警戒区域に指定されており復旧の目途が立たず、除染の進行しだいになると思います。
並行する常磐自動車道は、震災以来長らく通行止めだった広野IC~常磐富岡ICが、同区間の中間にある楢葉PAに設置された仮出入口を利用して再開しました。
現在常磐富岡ICは利用不可だが、早ければ今年中にも再開予定です。

以上、被災地の現況をお送りしました。


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鳥の写真 第3弾


きょうは、今年一番の暖かさでした。
昼間駐車場に止めていた車はとても暑く、つい冷房を入れてしまいました。
今回はまた、鳥の写真です。第3弾になります。
見ていてもつまらないかもしれませんが。でも特に飛ぶ鳥の撮影はけっこう難しいです。そのまま撮影すると、ピントがボケてしまうからです。


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鳥の写真 第2弾

きのうは電車を中心に撮影したのですが、ついでに鳥も多く撮影してきますた。
今回は鳥の写真、第1弾の渡良瀬遊水地野鳥に続く第2弾です。
といってもカラスやスズメ中心ですが。

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われながらにしてよく撮影できたと思います(自画自賛ですが)。
自分としては気持ち悪いくらいうまく撮影できて、画像を見て、風景よりカラスのピントが合ってて、驚いてます。
カラスやタカのような大柄な鳥は、動きが遅い分飛んでいる時も撮影できるのですが、スズメなど小柄な鳥は、すばやく飛ぶため、止まっている時はいいんですが、飛んでいる時はなかなか撮影できません。シャッターチャンスを逃してしまい、うまくいきません。腕を上げたいです。


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東武日光線 6連普通見納め

きょうは、東武電車を撮影に行ってきました。
東武鉄道は3月16日(土)にダイヤ改正を行いますが、場所によっては、いくらか不便になるところもあるというか、さびしくなる内容の改正です。
その代表が、東武日光線と思います。特急・快速を除きほとんど南栗橋駅で乗り換えを強いられるのです。日中はもちろん、朝・夕・夜の区間急行も浅草からほとんどすべて南栗橋発着になるからです。
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6050系区間快速 東武日光・新藤原行き 板倉東洋大前~藤岡間

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6050系区間快速 浅草行き 板倉東洋大前~藤岡間

まず、浅草~東武日光・会津田島間に運転されている快速・区間快速。
特に区間快速は現在、東武動物公園以北各駅停車の運転から、新大平下以北各駅停車に改めます。これにより、全体の所要時間が短縮されますが、1時間に1本から2時間に1本に減らされます(悲しい)。区間快速が減る分、栃木~東武日光間に普通列車を走らせます。区間快速と1時間交代で運行されます。
午前の下り快速4本は現行どおり1時間1本のままです。
上りは、現在朝には新大平下まで各駅に停車する快速がありますが、改正後の区間快速と同じなため、よって上りの快速は消滅するのです。
快速・区間快速とも、改正後はすべてとうきょうスカイツリー駅に停車します。

これに伴い、南栗橋~新栃木間の快速通過駅は日中1時間3本から、区間快速がなくなる分、普通のみ1時間2本に減ります。それだけではありません。同区間の普通列車は早朝・深夜を除き6両からすべて4両編成の列車で折り返し運行されるのです。それまで、東日本大震災後の節電のため日中は4両編成で運転されていた時期もあったのですが、本格的に運行されることになりました。特急・快速を除き終日ほとんどが区間急行も含め南栗橋駅で列車の乗り換えをされます。
なんだかさびしくなった感があります。

そこで、見納めとなる日光線普通6両編成を撮影してきました。

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10000系6連 普通南栗橋行き 板倉東洋大前~藤岡間

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10050系6連 普通南栗橋行き 新古河~栗橋間

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30000系6連 普通新栃木行き 板倉東洋大前~藤岡間

ここからは過去に撮影した画像です。
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10030系6連リニューアル 普通南栗橋行き 栃木~新大平下間 2012/04/29撮影

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今は懐かしくなった10000系6連準急新栃木行き 栗橋~新古河間 2003/01/25撮影

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これも懐かしい8000系6連準急新栃木行き 東武動物公園駅 2003/05/18撮影
浅草から栃木・群馬まで直行していた赤い準急は遠くなりけり。現在準急は区間急行と改められ、朝・夕・夜に運行している。

また、伊勢崎線でもすでに太田~伊勢崎間で運転されている3両編成のワンマン列車を、日中館林まで延長運転します。6両から3両に減らされ、やはりさびしいです。

浅草・押上~久喜~南栗橋間は、日中は地下鉄直通列車ばかりとなります。現在浅草~久喜間に運転している区間準急を、浅草~竹ノ塚間普通に変更します。
これにより日中は基本的に地下鉄半蔵門線直通急行と、日比谷線直通普通の2本立てになります。また、現在朝上り1本だけ存在する南栗橋始発の日比谷線直通を、大幅に増加させ、下りも同様の本数で運転します(毎時2本程度・東武動物公園で久喜発着の急行に接続)。
現在日中久喜・南栗橋発着3本づつの半蔵門線直通急行を、振り分け変更し、久喜発着4本、南栗橋発着2本に変更します。同時に久喜・南栗橋以遠方面の接続を改善します。

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特急スペーシア オレンジ基調 藤岡~板倉東洋大前間

特急スペーシアについては、早朝のゴルフ客利便のため、朝一のけごん1号だけですが、板倉東洋大前駅に停車することになりました。
でも昔、浅草から日光までノンストップ101分で走っていたDRCの頃が懐かしい。

スペーシアには3種類の塗装があります。上の画像の他に、
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パープル基調 2012/04/29 栃木~新大平下間

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ブルー基調 2012/10/14 新古河~栗橋間
3種類いずれも、東京スカイツリーグランドオープンに合わせてリニューアルしたのです。

以上、長くなってしまいましたが、東武の車両撮影でした。


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猛吹雪でこまち号脱線


今年の冬は寒い、毎年当たり前だと言うけど、特に今年は。
先日青森・酸ヶ湯で5m66cmもの国内積雪記録を更新した。
ここまで雪が積もれば人での雪おろしも大変だろう。雪は重いし。それより、雪の重みに耐えられず住宅が倒壊してしまうだろう。雨なら音が聞こえるが、雪は降っても聞こえないため、気づかないうちに屋根に雪が積もっていく。
5m以上といえば、2階建ての住宅も埋もってしまう高さ。積雪の多い新潟県や北陸でさえもここまで積もらないと思う。
とにかく今年は雪が多い。強風も吹き荒れる。
きのうも秋田新幹線こまち号が奥羽本線神宮寺~刈和野(大曲~秋田)間を走行中に脱線。もっとも脱線というより脱輪といったところか。転覆していないし。
当時は猛吹雪が吹いていて、時速20キロで除行していたため、脱輪で済んだ。
しかし、脱線の情報が車内放送で伝えられたのは、脱線から1時間たって後のことだった。130名の乗客がバスに乗り換えたのは、放送からさらになんと5時間後。
脱線した後、乗客は6時間も車内に閉じ込められていたのだ。
脱輪で済んだため、列車に通電はしており、暖房は効いていた。
現場は2mも積雪があり、例年にない豪雪のため救出も難航した。現場に向かうにも吹雪で前方が見えず、息もできないくらい。除雪に手間取ったため、救出に時間を要したのである。
幸いけが人はいなかったのものの、車内に長時間閉じ込められたため気分が悪くなった人もいた。


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東急東横線と副都心線直通開始、日比谷線直通廃止

きょうは朝から風が強い。まいりました。
さて、3月16日(土)より、東急東横線と東京メトロ副都心線、東武東上線、西武池袋線との相互直通運転が開始します。
東急や東武にとっては、2003年3月に、東急田園都市線・営団地下鉄(当時)半蔵門線・東武日光・伊勢崎線との相互直通運転開始以来の大型ダイヤ改正になります。
2003年の東急田園都市線~地下鉄半蔵門線~東武線相互直通の時は、東急電車が北埼玉の南栗橋を、東武電車がたまプラを走行する風景に、当初は違和感を覚えたものです。
東急田園都市線は、東武電車ばっかり見かけるようになり、もはや田園都市線の雰囲気でなくなってしまいました。東武線でも、東急電車ばっかり目立ち、もはや東武沿線の感でなくなった気がしてなりません。
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東武本線(曳舟~久喜・南栗橋間)は今や東急田園都市線直通急行、東京メトロ日比谷線直通普通が主体です。
今回の東横線と東上線・西武池袋線相互直通においても、2003年の半蔵門線同様になると思います。元町・中華街から川越市へ、所沢から元町・中華街へなど、利便性が向上します。
同時に東横線では、特急・急行列車は8両→10両化されます。
東急東横線を東武・西武電車が、東上線や西武線を東急電車が走行する、かつてない運用が展開されます。
今まで、関東一ダサいって言われてきた東上線、長らく東武8000系が幅を利かせていた東上線。沿線にはめぼしいところもなかった東上線。そんな東上線とお別れとなると、寂しい気もします。

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東急東横線~東武東上線・西武池袋線相互直通開始と共に、今まで行われていた東横線と東京メトロ日比谷線との相互直通運転が、廃止されます。
ただし東武線と日比谷線との直通運転は引き続き行い、日比谷線直通電車は一部列車を東武動物公園から南栗橋まで延長します。
日比谷線は東京五輪を目前に控えた1964年8月29日、中目黒~北千住間が全通し、同時に東急東横線との相互直通運転が始まりました。日吉~中目黒~北千住間。
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東京の城南地区(目黒区・世田谷区・大田区)、川崎市中原区、横浜市港北区より、六本木や霞が関、銀座、上野などへ乗り換えなしで行けるようになりました。
1962年5月にはすでに東武線と直通運転を開始していて、これで、我が国初の3者による相互直通運転が始まりました。
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長野電鉄3500系(元営団地下鉄日比谷線3000系)
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東急7700系(元7000系)初代日比谷線乗り入れ車両
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画像加工で赤帯を消して、昔の雰囲気を出してみた。

ただし、3者にまたがる運用はありません。
今でこそ東急田園都市線の車両が東武線を、東武の車両が東急線を走行していますが、日比谷線の場合、東急電車が東武線に行く運用も、東武電車が東急線に行く運用もありません。
東京メトロの車両でも、千代田線多摩急行(JR東日本・東京メトロ・小田急)みたいに3社にまたがる運用はありません。まして日比谷線直通急行もありません。18m車体で輸送力が劣り、あえて各停用にしているのです。
1988年には日吉駅改良工事に伴い、折り返しができなくなることで、日比谷線直通の運転区間をJR横浜線乗換駅の菊名駅まで延長しました。同時に日吉駅で緩急接続を行っていた各停は、元住吉駅で通過待ちとされてました。
1991年には工事が完了し、日比谷線直通は日中のみ日吉発着に戻り、緩急接続も復活しました。
日比谷線の車両は、全車両18mサイズ3ドアまたは5ドアの中型車両です。
これは昭和30年代当時、東急や営団が18m車両を主体に使用していたためで、東武がすでに運用実績のある大型の20m規格を希望したにもかかわらず、結局18m規格で日比谷線は建設されたのです。
その後、東急も営団も20m車両が主体になっていき、現在は東急東横線、東武線双方共18m車両は日比谷線直通だけとなりました。
18mの中型車両であるため、輸送力に劣るが、1980年代初期まで東急東横線は7000系など、18m車8連急行がバンバン走っていました。ただし急行は急行、日比谷線直通は日比谷線直通と、別々の運用でした。
急行には6000、7200系などもあてられました。
しかし、1980年代より急行も8000系列など20m車8連が主体になると、18m8連急行は輸送力不足となり、全車両先頭車で中間に封じこめられる運転席が多く出力も低い7200系は遅延が多発するようになり、7000系も非冷房(その後冷房・VVVFインバータの7700系に改造される)のため、1985年より東横線渋谷発着は急行・各停共全列車20m8連となりました。18m車は日比谷線直通7000系を除き大井町線に転属しましたが、そちらも1989年、20m車8090系に置き換えられ、目蒲線・池上線に転属し緑の旧型電車を淘汰しています。
結果18m車両は東横線においては日比谷線直通だけとなりました。
1989年、平成に入る頃より、長らく日比谷線直通に使用されてきた東急7000系は1000系に置き換えられ、現在に至ります。
日比谷線直通列車は、長らく日中15分に1本、朝夜ラッシュ時10分に1本でした。
昭和時代は銀座が日本一の繁華街として繁栄しており、東横線沿線から銀座へ乗り換えなしで結ぶ列車は賑わいを見せていましたことでしょう。
昔、日中の優等列車は15分に1本の急行しかなく、その間を埋める感じで日比谷線直通は走っていました。追い越されもしません。(朝夕夜は追い越される列車もありましたが)
しかし、都庁が有楽町から新宿へ移り、バブル崩壊が訪れると、銀座の地位は相対的に低下し、直通列車の需要は減少していきます。
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さらに、2001年3月東横特急が運転を開始し、2003年3月より中目黒にも停車するようになると、直通列車に乗るより、特急・急行を利用して乗り換えた方が早いことが多くなり、また優等列車と各停が半々運転となり、日比谷線直通列車は入る余地がなくなり、縮小していきました。
そのうえ、目蒲線改め目黒線が目黒~武蔵小杉間(2008年6月より日吉まで延長)として地下鉄南北線・三田線と相互直通運転を行い、都心へもうひとつのルート、目黒線へシフトした利用客が増えたことも原因と考えられます。特に田園調布~武蔵小杉間においてはです。
東横線~日比谷線直通電車は2003年より日中は15分から30分に1本、朝や夜は10分から15分に1本に減らされます。

そして今回、東横線は副都心線直通主体ダイヤとなり、20m車4ドア8~10連ばかりになり、ホームドア設置も考えられる中で、18m3ドア8連の日比谷線直通は、整列乗車にも難があり、ホームドア設置の妨げにもなることもあって、東横線から姿を消すことになりました(私の推測ですが)。
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同時に東横線に残っている唯一18m車の東急1000系も、姿を消します。さらに、東急に唯一残っていたツーハンドル運転席(メトロ03系)も姿を消します。東急の旅客車両は2000年の目蒲線7200系全廃(同時に目蒲線の名も消す)以降すべてワンハンドルマスコンですが、唯一メトロ車両がツーハンドルで乗り入れていたのです。
東横線と日比谷線とは、中目黒駅で乗り換えのみとなります。

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さて、東横線と副都心線が相互直通運転を開始するのですが、同時に渋谷駅の東横線地上ホームも役目を終えます。
東急百貨店東横店直結の頭端式ホーム、4面4線(うち降車専用2面・1番線は乗降兼用)と阪急梅田駅に及ばないものの、やはりターミナル駅にふさわしく大きいです。そんな駅がなくなってしまうのは寂しいです。
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渋谷駅は今後、東横線に乗車する場合も地下の副都心線ホームを利用することになります。
長くなったので、この辺で終わりにします。


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