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朝青龍突然の引退

昨日(2/4)、横綱朝青龍関が突然の引退を表明しました。一般の人をなぐったことが発覚し、窮地に追い込まれての引退でした。
朝青龍は今年初場所14日目で優勝。歴代第3位、25回目の優勝をしました。他にも2005年は6全場所制覇など、輝かしい記録を残しました。
朝青龍の特徴は、土俵に出入りする際、俵を踏まず、またいでゆくところでした。俵を踏まず、またいでゆく力士は、朝青龍だけかもしれません。
しかしその一方で、横綱の品格を疑われる行動も多く、優勝決めたときのガッツポーズ、2007年夏、名古屋場所を休場するといいながら母国モンゴルでサッカーしていたことが発覚し、2場所出場禁止処分となりました。
今回の初場所も、いつもとは違うところもありました。にらみ会いも多かったように感じます。特に北勝鬨とのにらみ合いが印象的でした。
暴行事件を起こしたとはいえ、大横綱の引退は残念です。でもかつての横綱双羽黒関よりまだまだましです。双羽黒は、親方と大ゲンカして廃業された力士です。

双羽黒は、一度も幕内優勝せずに横綱に昇進した、唯一の力士です。今なら、そんなのあり?と思うに違いありません。優勝もしてない力士が横綱昇進するなんて。しかし、双羽黒(大関までは本名の北尾)は、1984年9月初入幕、86年3月大関昇進と、1年半でスピード昇進してます。ただし、稽古嫌いで有名でした。
それでも1986年9月、横綱昇進(新入幕から2年というスピード出世)しますが、直前の場所が12勝3敗、14勝1敗、優勝決定戦で負けるという成績だったにもかかわらずでした。
当時、横綱が千代の富士1人だけで、もう一人横綱がほしかったこと、一方大関が北尾も含め5人もいて、もう一人の関脇も大関確定だったため、大関が6人にもなってしまい、1横綱6大関というバランスの悪い番付編成となってしまうため、北尾を横綱に昇進させたのです。
また当時、北尾がまだ23才で若く、いずれ優勝できると相撲協会は甘く思ったのでしょう。しかし横綱昇進しても、優勝はできませんでした。
1987年(昭和62年)暮れ、横綱双羽黒は親方とチャンコの味付けでもめて大ゲンカ、おかみさんも殴るなどの暴行を加えて、そのまま失踪してしまいました。結局、彼は廃業処分となってしまいました。
優勝を一度でも経験していれば、双羽黒への評価は大きく違っていたはずなのに、一度も優勝できない力士だから、ファンは誰も同情しませんでした。

ちなみに朝青龍と双羽黒の、入幕から横綱昇進を比べてみると、
朝青龍は2001年1月入幕、2003年3月横綱昇進、
双羽黒は1984年9月入幕、1986年9月横綱昇進と、
双羽黒がペースが速いです。朝青龍は2場所連続優勝してきちんと横綱昇進したのに対し、双羽黒は一度も優勝しません。

同じ不祥事を起こす横綱力士でも、双羽黒は優勝なしで名残惜しくないのですが、朝青龍は優勝回数が多い輝かしい力士のため、名残惜しくてたまりません。



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1 ■無題

朝青龍が問題を起こす度に関連記事をアップしてきましたが、彼の引退で打ち止めかと思うと少し寂しいですね。
引退しなければ優勝回数新記録もあり得たでしょうに。

2 ■Re:無題

>kanbe49さん
そのとおりです。引退は惜しいです。涙がとまりません。

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