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山陽新幹線100系 2011春引退

2011年春、九州新幹線が全通と同時に、山陽新幹線と直通運転します。
九州新幹線内の列車は従来どおり「つばめ」ですが、山陽・九州直通は「さくら」で運転されます。
「さくら」車両はN700系7000番台(JR西日本)、8000番台(JR九州)8両編成で、すでに活躍中の800系とともに九州新幹線内の急こう配に対応しています。
しかし、九州新幹線全通を前にして、山陽「こだま」で活躍中の100系が姿を消します。
現在のひかりレールスターは、九州新幹線全通と同時に廃止され、ひかりレールスター用700系7000番台は、「こだま」へ転用される予定です。
その玉突きで、100系が引退します。今年7月より、6両編成3本を懐かしの青と白のカラーに塗装変更して走らせます。(現在の塗装はグレーっぽい塗装と窓下にグリーンのラインが入っている)

新幹線100系
新幹線100系 写真は東海道新幹線で活躍していた車両

100系は、東海道・山陽新幹線に0系のフルモデルチェンジ車両として、国鉄末期の1985年に登場しました。2階建て車両としたグリーン車、食堂車、だんごっ鼻の0系に比べて鋭い先頭部(シャークノーズ)が特徴です。
100系と0系
100系(手前)と0系(奥)の先頭部分の違い

従来の東海道・山陽新幹線ときたら、0系ばっかりで、「ひかり」「こだま」の違いはあったものの、基本的にはどれも同じ列車で、新鮮味がなく、また世界最速のわりには、地味で黙々走るイメージでしかありませんでした。
そんな新幹線のイメージを、吹っ飛ばしてくれたのが、100系でした。食堂車・グリーン車の2階建て、1~4人グリーン個室導入もさることながら、客室ドア上の電光掲示板が斬新でした。駅通過、停車駅まであと何km、当初は速度表示もされてました。「ただいまの速度は220km/hです」「ただいま○○駅を通過」「次は名古屋 あと3km」という具合に。
またシートピッチも拡大し、3列座席も回転できるのが画期的でした。従来の0系では、シートピッチ(座席間隔)が狭く、特に横幅の広い3列座席は、回転すると前後の座席に当たってしまうので、回転ができず、客室中央を境に、デッキを向く固定式でした。
1985年1月に、先行試作車16両編成1本が完成し、各種試運転が行われたのち、10月1日より、東京-博多間「ひかり」1往復でデビューしました。
当初は、1編成しかなかったため、水・木曜日は点検のため運休し、0系で運転されました。
1986年より、量産が開始され、食堂車つきの16両編成6本が製造、86年11月ダイヤ改正より東京-博多間の東京発午前の「ひかり」で4~5本運行され、また東京発最終の21:00新大阪行き初代「シンデレラ・エクスプレス」としても運転されました。
1988年からは、東京-博多間ばかりでなく、東京-新大阪間などにも大量投入されました。このときから食堂車をグリーン車に変え、1階はコンビニ方式のカフェテリア(売店)が採用されました。1988年まではJR東海のみが導入してましたが、1989年からはJR西日本も「グランドひかり」として2階建て車両を4両とした100N系を、東京-博多間「ひかり」に投入。グリーン車は2階席のみ、1階も個室ではなく、2列+2列のゆったり普通席です。食堂車も連結してました。また山陽新幹線内は「グランドひかり」に限り最高速度230km/hで運転されていました。
JR東海・西日本ともに1991年度まで合計1,056両(16両×66本、うち9本はJR西所属)製造されていき、東海道新幹線では過半数の列車が100系となりました。1990~1992年までが100系の最盛期だったと思います。
しかし、国鉄時代の0系と比べて100系の栄光は長くは続かず、1992年には270km/h・東京-新大阪間2時間半で走る300系「のぞみ」が登場、当初は朝・夜各1往復だったが、1993年3月より1時間毎に大増発、終日かつほとんどが東京-博多間で運行、所要時間も5時間強と、「ひかり」にくらべて1時間も速くなりました。

新幹線300系
「のぞみ」300系

東海道・山陽新幹線の主役は、「ひかり」から「のぞみ」にとって代えられたのです。100系が新幹線の頂点でいられたのは、わずか8年程度。0系にくらべると、あまりに短い気がします。しかし新幹線はこの後も続々新型車両が登場し、そちらが主役になっていきます。
その後、東海道新幹線では「のぞみ」のみならぬ「ひかり」へも300系が進出し、100系はしだいに「こだま」へ活躍の場を移していきました。JR西所属の「グランドひかり」も、2000年3月で、食堂車の営業を終了し、1974年の0系から続いた新幹線食堂車に幕を閉じました。そして、「グランドひかり」自身も、2002年11月限りで運行を終了しました。
「グランドひかり」は、2階建て車両は残念ながら廃車となりますが、普通車は6両または4両へ編成短縮され、山陽「こだま」で活躍し、現在に至ります。
JR東海の100系は、2003年10月、東海道新幹線全列車270km/h運転(すべてのぞみ型車両で運用)にともなうダイヤ改正を前に、全編成が運用離脱しました。製造からわずか11年で引退した車両もあります。0系は最短の活躍とされる、1964年東海道新幹線開通時の車両は1977年までの13年間活躍していたことを考えると、あまりに短い生涯です。100系は11年だったらまだまだ走れるのにです。
100系もいちおう設計最高速度は275km/hと、「のぞみ」並みに走れますが、環境基準(騒音を抑える)をクリアできなかったため、引退まで最高速度220km/hのままでした。また、0系より加速性能は良いものの、走行性能は0系と大差ありません。そのため、末期では、新型車両中心のダイヤ組成の足かせとなっていったのです。
時代の流れは、年々加速していきます。保守的な国鉄から、革新的なJRへ移り変わりの時に、100系は誕生しました。
100系が登場した1985年は、すでにフランスTGVが、日本の新幹線(当時210km/h)の最高速度を上回る270km/hで運転していて、日本は悔しい思いをしていました。
TGVに負けじと、100系→300系→500系と最高速度をUPしていき、500系で日本国内でもTGVと同じ300km/hの営業運転ができました。

500系前頭部
500系の前頭部 500系は2010年2月末をもって300km/hの「のぞみ」運用から退き、現在は16両から8両へ短縮して「こだま」で使用している

100系は、300系開発・誕生までとりあえずのつなぎ役だったのでしょうか。



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