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懐かしの特急「はつかり」・消え行く特急「とちぎ」

きょうは、なつかしの列車を撮影しに行ってきました。
かつて東北本線を走っていた583系特急「はつかり」です。
8時半ごろ、栃木県の間々田駅で撮影しました。場所はどこにしようかいろいろ検討しましたが、結局間々田駅前にしました。

宇都宮線E231系
現在の宇都宮線・湘南新宿ラインの主力E231系電車 今の宇都宮線はほとんどこの4ドア電車
10年前なんざ、115系もバリバリ走っていたのに、あっという間になくなってしまった。

185系「おはようとちぎ」
185系特急「おはようとちぎ」新宿行き 朝上り、夜下り「ホームタウンとちぎ」1本づつ運行
しかし、今年12月で廃止される予定である。なぜだろう。人気が高く、新宿~久喜あたりは立ち客も多いのに。
「とちぎ」号は、165系急行「なすの」(上野~黒磯間)が前身の新宿~黒磯間の近距離特急で、1985年に、185系新特急に昇格(ただし急行時代、いや現在の快速とさほどスピード・停車駅は変わらず、料金だけ値上げなど批判も多かった)。自由席主体で定期券でも乗車できる特急なので、新特急と名づけられた。特急格上げ時には、1日9往復もあり、終日1~2時間間隔で運行していた。しかし朝上り、夜下りはともかく、他の時間帯は利用が振るわず、1988年3月より5往復に削減、残りは新設の快速「ラビット」・通勤快速に格下げされた。車両も115系・211系といった近郊型車両に置き換えられた。ついに1990年3月、現在と同じ1往復になり、同時に新宿駅発着となった。宇都宮線の速達列車は昼は快速「ラビット」、夜は通勤快速が主体になった(2004年10月以降日中の快速は湘南新宿ラインへ)。1992年3月、宇都宮始発の朝上り1本が増発された。黒磯始発に1時間ほど先行して走っていて、朝ラッシュの時間帯のため、小山からは先発の普通列車を追い越さない平行ダイヤだった。1995年12月、東北新幹線の那須塩原・郡山行き近距離列車が「なすの」を名乗り、在来線「なすの」は「おはようとちぎ」「ホームタウンとちぎ」に改名された。数年前に宇都宮始発が廃止され、普通列車に変更された。

185系「おはようとちぎ」

今回の「とちぎ」廃止で、ついに宇都宮線(東北本線)から昼間の特急が全廃されることになります。八戸~青森間も、東北新幹線新青森駅、全線開通により、青い森鉄道に転換され、同時に特急も全廃されます。東北本線の昼間の特急は、全廃されます。最後の宇都宮線特急「とちぎ」号でした。

183系電車
しばらく待つと、183系団体列車がやってきた。想定外だった。

宇都宮線211系
宇都宮線で珍しくなりつつなる211系 1時間半いて、見たのはこれ1本だけだった。残りはE231系ばっか。

EF65 1082
貨物列車 EF65 1082 往年のブルトレ牽引機

EF66 128
貨物列車 EF66 128

583系「はつかり」
10時20分ころ、やってきました。583系「はつかり」号、複線なので、ちょうど反対方向の電車がカブってしまうので、反対側の線路に移りました。先頭は、文字だけのヘッドマーク

583系「はつかり」
草木がかぶってしまった 残念無念! 後部はイラストヘッドマーク
それにしてもボリューム感ある車両ですな。デカいなあ。

特急「はつかり」は上野~青森間を運行し、1958年10月、東北方面初の特急として誕生。当初は蒸気機関車牽引の客車列車。所要12時間。常磐線経由だった。当時の東京~青森間の急行・特急列車は常磐線経由が多かった。これは、東北線より常磐線は上野~仙台間は距離が若干長いものの勾配が少なく、牽引力の弱い蒸気機関車には、平坦な常磐線が有利であったため。
現在の常磐自動車道も、東北自動車道より急勾配が少なく、常磐道は大渋滞は発生しにくい。常磐道は将来、仙台市まで延伸する予定があり、全線完成の暁には、東北道より常磐道が距離が短くなり、かつ急勾配が少なく雪も少ないので、東京から仙台へは常磐道という時代が来るかもしれない。
話を「はつかり」に戻し、1960年12月、初の気動車特急、キハ81系に置き換えられる。が、当初は故障続きで、「はつかり、事故ばっかり」「がっかり、はつかり」とマスコミからからかわれた。しかし、改良をほどこして、1961年以降は安定して走行できるようになった。所要時間も10時間半に短縮された。
1968年10月、東北本線全線電化により、583系に置き換え、同時に距離の短く、全線複線化がなった東北本線経由に変更。所要時間も8時間15分に大幅短縮された。583系電車は、昼夜兼用の寝台電車で、青森運転所(現・青森車両センター)に所属し、昼間は「はつかり」、夜間は寝台特急「ゆうづる」(常磐線経由)、「はくつる」(全線東北本線経由)で運用された。上野~青森間は9時間前後かかり、到底日帰りできないため、行きは昼行、帰りは夜行列車(その逆もあり)で運行された。車両の構造上、昼行でも向かい合わせのボックス席。一般の車両に比べれば非常にゆったりしてるが、向かい合わせが不評だった。1973年から485系も加わるものの、依然として「はつかり」は583系が多かった。「はつかり」=東北本線=583系のイメージが、子どもの時からあった。小学生のころ、よく見た特急である。1980年ころ、若干スピードダウンし、上野~青森間は8時間45分くらいに伸びていた。1日6往復で運行していた。私の記憶で知る限り、下り上野発最終「はつかり」が15時半、終点青森着が0時13分、上り朝一「はつかり」青森発4時53分、仙台9時半、上野着13時40分だったと記憶している。また上野~青森間には、常磐線経由の昼行特急「みちのく」も1往復あった。ちなみに「みちのく」は80年代の東北新幹線開通当時、新幹線の愛称候補ダントツ1位だったのだが、不運にも落選したあげく、東北新幹線開通とともに廃止されてしまった。

「はつかり」ヘッドマーク
「はつかり」のイラストマーク 復刻版だと思います

東北新幹線開通後は、盛岡~青森間に短縮され、新幹線接続特急に役割が変わり、主力は6両編成の485系となり、長編成の583系の出番は少なくなった。1988年、青函トンネル津軽海峡線が開通し、「はつかり」も一部が北海道・函館まで運転された。函館へはすべて485系で運用し、583系の出番はない。
2002年12月、東北新幹線八戸延伸に伴い、盛岡~八戸間の在来線は、第3セクター「IGRいわて銀河鉄道」「青い森鉄道」に転換され、特急の運転区間も八戸以遠へ短縮され、列車名も、函館行きは「白鳥」、青森・弘前行きは「つがる」に変更され、「はつかり」の名は、消滅しました。

以上、懐かしの特急「はつかり」号でした。


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