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昭和50年代の東北本線

583系はつかり

先日、懐かしの特急「はつかり」号を見ましたが、東北新幹線開通前は上野~青森間を結ぶ長距離特急でした。750km弱の距離を8時間40分台で走破していました。
「はつかり」の他に、上野~青森間は常磐線経由の「みちのく」もありました。こちらは9時間ちょいで結んでいました。
昭和50年代は、これでも最速でした。仙台あたりならともかく、盛岡以遠は鉄道では到底日帰りできず、東京から青森など北東北を旅行、出張するには、現地で宿泊するか、行きか帰りかどちらか夜行列車で車中泊するしかありませんでした。
当時は航空機も普及していたものの、鉄道への依存はまだまだ高いものでした。
また東北自動車道も順次開通していたものの、全通しておらず、また東京都心の首都高速と
直結しておらず、一般庶民は鉄道を利用するのが便利でした。

※東北自動車道は昭和50年代、浦和から岩手・秋田県境あたりまでと、青森県内の一部など大半が開通していたが、全通は1986年7月、十和田IC~碇ヶ関IC(秋田・青森県境)開通で浦和から青森まで一応の全通。首都高と直結するのは1987年9月。川口線・中央環状線・6号向島線と接続。東北道と首都高が接続しただけでなく、東名高速や中央道、さらに九州へも高速一本で行けるようになった。当時は九州自動車道熊本・八代まで。
鹿児島まで高速一本で行けるようになるのは1995年7月。さらに高速自動車国道だけで青森から鹿児島まで行けるようになるのは1997年10月。磐越自動車道全通したため。
東北自動車道は、東北新幹線より早く全通している。たいていは新幹線より高速道路が早く全通する。
新幹線より遅く全通した高速自動車国道は東名高速、山陽・中国・関越自動車道だけである。
東名高速は東海道新幹線(1964年10月)より5年ほど遅い(1969年5月)が、山陽自動車道(神戸JCT~山口JCT)の全通は1997年12月と、山陽新幹線博多開通(1975年3月)より実に20年以上も遅い。中国自動車道は早くから全通しているが、そちらも1983年3月全通と新幹線より遅い。東海道・山陽道は名神高速を除き高速道路より新幹線を重視した結果だと思う。
関越自動車道は、上越新幹線より早く開通しているが、関越道の全通は、1985年10月と上越新幹線の1982年11月大宮~新潟間開通より遅い


485系電車
485系特急型電車 写真はボンネットスタイルの初期型 鉄道博物館で撮影

上野駅からの所要時間は、青森の他に、盛岡へはL特急「やまびこ」で6時間あまり、仙台へはL特急「ひばり」で、山形へは特急「やまばと」または「つばさ」で共に4時間あまり、秋田へはL特急「つばさ」で8時間弱、かかりました。急行は1~2時間余計かかりました。
東北新幹線開通直前の1日の運行本数は、「はつかり」6往復、「みちのく」1往復、「やまびこ」4往復、「ひばり」15往復、秋田方面は「つばさ」3往復、「やまばと」2往復だった気がします。
車両は485系が中心でしたが、「はつかり」の半数と「みちのく」のみ583系でした。
上野~福島間は、実に30往復も特急が走っていたのです。現在の常磐線上野~水戸間、北陸本線大阪~金沢間並みです。
さらに会津若松へも特急「あいづ」が1往復走ってました。

455系電車
455系急行型電車 「まつしま」など東北本線の急行列車で活躍 鉄道博物館で撮影

また当時は急行列車も数多く走ってました。
昼間には、盛岡行き「いわて」、仙台行き「まつしま」・会津若松行き「ばんだい」(上野~郡山間は併結)、各5往復だった気がします。まれに臨時列車として小山始発の「まつしま」が運行される場合もありました。福島行き「あづま」も運転されました。下りの夜のみ運行で、終列車という感じでした。いずれも455系で運行。
近距離では黒磯行き「なすの」(9往復)、日光行き「日光」・両毛線桐生行き「わたらせ」(上野~小山間併結)
(共に3往復)が運行されてました。いずれも165系で運行。なお、「なすの」の朝上り1本は、白河始発でした。
東北本線黒磯以遠は交流電化のため、通常は直流用165系で使用するのを、この列車にかぎり交直両用455系で運行されました。
あともうひとつ、電車の急行で忘れてならないのが、東北線上野方面から水戸線へ直接乗り入れる455系(451系だったかも)上野発勝田行き(?)「つくばね」がありました。小山駅に寄らず、手前の東北線間々田駅から直接水戸線結城駅へ入る連絡線がありました。その連絡線を経由していました。上野~結城間は急行、結城から先は普通列車で運行された気がします。詳しくは覚えてませんが。
さらに気動車急行も上野駅から出てました。列車名は忘れましたが。

夜行列車もバンバン走っていて、寝台特急「あけぼの」が、現在は羽越線経由ですが、当時は東北線・奥羽線経由で走ってました。上野~黒磯間はEF65PF機が牽引してました。黒磯駅で機関車交換します。なんと直流機から交流機へ同じ場所で交換するのです。交直両用の機関車でない限り、本来ならそんなことはできませんが、
黒磯駅構内は、電気方式を変えることができるのです。
黒磯以北はED75が牽引、福島~米沢間は急勾配の板谷峠を控えているため、この区間は重連で牽引します。EF71かED78が補助機関車でした。
現在でこそ山形新幹線の電車列車が軽々と上っていきますが、客車列車は機関車1両では登りきれません。極端な話、2両編成の普通客車列車でも重連でした。
他に東北本線経由青森行き583系「はくつる」、583系電車と24系客車の常磐線経由「ゆうづる」、盛岡行き14系寝台「北星(北斗星とちがう)」、
急行では、青森行き12系「八甲田」、常磐線経由20系「十和田」、奥羽線経由14系座席「津軽」、仙台行き20系寝台「新星」。
運転本数は「ゆうづる」の7往復を筆頭に(ただし電車1往復は臨時運転or運休中だった、下りは上野駅発19:50ゆうづる1号より3分遅れて発車の続行便。上りはどうだったかわかりませんが)、「あけぼの」2往復、他は1往復運行でした。
とにかく新幹線のない時代、昭和50年代の東北本線は、黄金時代でした。以上、私の記憶である限りを語りました。


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