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あのホテル火災から 30年

1982年2月8日未明、東京・永田町ホテルニュージャパンの火災事故から、早いもので30年たちます。みなさんは覚えていらっしゃるでしょうか。若い人は知らないと思いますが。
当日午前3時過ぎ、9階に宿泊していた1人の英国人の寝タバコによって、火災が発生。上の10階にも燃え移り、正午過ぎまで9時間も燃え続けた。延焼面積は約4200平方メートルにも及んだ。
この火災で、33名が犠牲になり、負傷者も34名に達した。日本人より台湾・韓国人など外国人の犠牲者が多かった。炎や煙から逃れようと、窓から飛び降りて死亡した宿泊客も多数いた。寝タバコしていた英国人も、炎にまかれて死亡した。
ここまで大惨事になった原因として、消防設備がなかった、ホテル従業員への防災教育不徹底、そして安全軽視などがあげられる。
まず、ホテルやデパートなどには火災に備えてスプリンクラーを設けなければならないが、ホテルニュージャパンには設置されていなかった。以前より消防庁から設置するよう再三指導を受けていたにもかかわらず設置しなかった。
また、火災報知機も故障していて、放送設備も故障していて、火災の情報を瞬時に伝えることができなかった。火災が発生したら非常ベルなど大音響で知らせるべきなのに、火災報知機や非常ベルが使えなくては役に立たない。しかも深夜なので客は熟睡しているのに。
さらに内装に不燃材料を使用しなかったことも、延焼をしやすくした。また内部の廊下も、複雑に構成されていて非常口など避難経路がわかりにくかった。そのため逃げ遅れて炎や煙に巻かれ命を落とした。
余談であるが、現在の非常口ピクトグラム(図形)表示は、ホテルニュージャパン火災後に発表されたものである。
非常口
非常口案内ピクトグラム。1982年以降採用されている。それまでは「 非常口 」文字のみ表記だった。

とにかくあのホテルは特に火災の危険が多く潜んでいた。

私も当日早朝、TVニュースで、ホテルから煙が立ちはだかっているのを、見ていた。当時小学生だったのだが、今でも忘れられない。
ホテルニュージャパンは、1960年にオープンした地上10階建てのホテルであり、永田町といった一等地、地下鉄銀座線・丸ノ内線赤坂見附駅前にあり、国会議事堂に近く、かつ日テレやテレ朝、TBSなどTV局に近いこともあり、政治家・財界人・芸能人も数多く利用していた。
ホテルニュージャパンは、特徴ある建造物だった。120度の角度で接続する2つのY字型の建造物であった。全室から景色が良好なのが利点であるが、こういう建造物は、アパートに使用されるべきであって、ホテルには向かない。
アパートなら長期間居住することで建物内を熟知でき、火災の場合でも避難できるが、ホテルの場合は1泊2泊といった、ごく短期間、いや短時間しか利用しないので建物内がよくわからず、いざ火災が発生すると避難しにくい。避難の際に迷ってしまって、命取りになってしまう。

火災事故から11年後の1993年11月、最高裁にてホテルニュージャパンの社長、横井英樹は業務上過失致死傷罪で禁固3年の実刑が確定した。
その後、火災後も長く廃墟として残っていたホテルニュージャパンは1996年ころ、取り壊され、跡地には現在、38階建てのプルデンシャルタワーが建っている。



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