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岩泉線 廃止へ

JR東日本は3月30日、2010年7月に土砂崩れ脱線事故以来バス代行輸送している岩泉線(茂市~岩泉間38.4km・岩手県宮古市~岩泉町)の廃止方針を固めた。
廃止が実現すれば、JR東日本発足以来初の廃線・バス転換になる。以前にもJR東で廃線となった路線はあるが、旧国鉄が指定した廃止対象の特定地方交通線であり、いずれも1987~89年に第3セクター鉄道に転換されたため、厳密には廃線ではない。

岩泉線周辺の地図

今後列車を安全に運行する場合には、土砂崩れや落石対策の費用に、約130億円もかかるとのこと。
いっぽう、岩泉線の利用客は、年々減少傾向にあり、1987年のJR東日本発足時には、1日1kmあたりの通過輸送人員(輸送密度ともいう)は180人/日だったのが、事故直前の2009年度には、46人/日にまで落ち込んでいた。
列車本数は運休時点で全線通しが1日3往復、朝1・夕2往復運転していた。
他に茂市~岩手和井内間の区間列車が朝に1往復。合計4往復。
列車本数が少ないため、途中での列車交換は行わない。茂市から岩泉まで行って帰ってくるだけの単純な運用だった。
輸送密度46人/日はJR東日本在来線67線中、いや、日本全国の鉄道路線中最下位だ。
先日廃止された十和田観光電鉄線は1172人/日、長野電鉄屋代線でも450人/日であった。いずれも2008年度の数値。
かつて国鉄で、特定地方交通線の廃止対象の輸送密度は、4000人/日未満であるが、それにも到底及ばない。
岩泉線の2009年度収支状況は、運賃収入は800万円に対し、経費(運行・保守・減価償却費用など)は2億6500万円にも達する。差し引き2億5700万円の赤字であった。
JR各社は、国鉄と異なり営業係数を公表していないが、仮に計算すると、
営業係数=(経費÷収入)×100
(257000000÷8000000)×100=3212.5で、
100円稼ぐのに3212円もかかり、
経費が運賃収入の実に32倍以上もオーバーしている。
そのうえ、前述の130億円という巨額の安全対策を施すようでは、明らかにコストパフォーマンスが悪すぎる。
岩泉線 茂市~岩泉について JR東(pdf形式)

岩泉線は2010年7月31日朝、茂市駅発岩泉駅行列車が、押角駅~岩手大川駅間を走行中、崩れてきた土砂に突っ込み脱線した。
乗客乗員7名のうち、運転士と乗客2名の計3名が軽傷を負った。乗客乗員は全員救助されたが、車両は事故後も3か月以上にわたり現場に放置されていた。
この事故以来、現在に至るまでバスにより振替輸送を行なっているが、並行する国道340号線押角峠が1~1.5車線と狭く、トンネルも狭いため、大型車はおろか中型車も入れず、25人乗りのマイクロバスが使用されている。
列車と違い、バスは揺れが激しく、病院通いの人には利用しづらいという。通学の高校生でも、列車より時間がかかり、かつ最終便も早いため、部活動を早く切り上げる生徒もいる。このため、宮古市と岩泉町では、鉄道の存続を望む声もある。

岩泉線は、戦時中の1942年に、小本線として茂市~岩手和以内が開業。沿線から産出する耐火レンガの原料となる粘土を輸送するために建設された。
1957年には浅内まで延伸し、1972年には岩泉駅まで延伸したと同時に、岩泉線に改称。当時、太平洋岸にある現在の三陸鉄道北リアス線小本駅まで延伸される計画があったため、岩泉~小本間は国鉄バス(→JRバス東北)で運行した。岩泉駅は、途中駅を想定して島式ホームだった。
開業時から利用客は少なく、国鉄時代にも何度か廃止が検討されるほどだった。
まず1970年ごろ、「赤字83線」に指定されたが、全線廃止されるどころか岩泉まで延伸された。
1980年代に入ると、今度は特定地方交通線として、再び廃止の対象になるが、並行道路が未整備ということで、三重県の名松線(松坂~伊勢奥津43.5km)と共に、特定地方交通線から除外され、存続が決定した。
ただし、岩泉~小本間は、鉄道として建設されることはなかった。同区間を結んでいたJRバスも、2003年に廃止され、地元の町民バスへ移管された。
小本線の夢は叶わなかったが、廃止対象から除外され奇跡的に生き延びた岩泉線も姿を消す。

4月1日、三陸鉄道北リアス線陸中野田~田野畑間が待望の運転再開を果たした。
これにより北リアス線は全線のうち85%にあたる久慈~田野畑間と、小本~宮古間が開通。復旧当日は沿線各駅でイベントが開催され、住民らは運転再開を祝った。
残るは津波で流失した島越駅のみ。全通は2014年春を予定し、南リアス線釜石~盛間も同時に全線復旧する予定。
だが、JR山田線・大船渡線・気仙沼線のいずれも海岸部は、復旧の見通しもプランも未定。
岩泉線ほどではないが利用客や運転本数が少なく、岩泉線と同じく復旧費用と運賃収入とでは収支が合わないのが理由だからか。
だが地域住民の足として、夢と希望の力を与えるべく復旧させていただきたい。大震災の被害にあったまま鉄道が消えるのは、町は復興するどころか衰退しかねない。鉄道あっての町なのだから。鉄道があるからこそ町は元気になれる。鉄道は自動車やバスともオーラが違う。



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1 ■初めまして

イオリスと申します。

この記事の詳しいデータとわかりやすい文章は読んでいて、参考になります。

ちなみに、私は岩泉線は廃線してよいと思います。

2 ■Re:初めまして

>イオリスさん
コメントありがとうございます。
確かに岩泉線は利用客少な杉です。もはや鉄道としての価値はないと、私は思います。
岩泉からは、盛岡や宮古へ車やバスで出かける人々が多く、茂市へ向かう需要が絶対的に少ないと思います。茂市で乗り換える山田線も、岩泉線と同じく列車本数が少ないです。
山田線は全線直通が1日わずか4往復。他に盛岡~上米内間、茂市~宮古間などの区間運転が少々あるだけです。岩泉線といい山田線といい、そんな超不便なダイヤをなぜJR東日本は長く放置したのか、理解できません。
国鉄型気動車からJR型気動車に置き換えたのも、ごく最近のことです。
岩泉線は日本一の赤字ローカル線といっても過言ではないでしょう。
利用客数や列車本数を見る限り、昔北海道にあった美幸線や、白糠線を思い出します。そちらも日本一の赤字線でした。
いくら並行国道が狭いとはいえ、そんな理由で残しているのは、どうかと思います。
道幅が狭い地域でも、鉄道が通らない地域は、日本全国いくらでもあります。
昔鉄道を通す計画があった地域でも、モータリゼーションが進み、採算性が合わないとの理由で中止されたところもあります。
県はなぜ道路の整備を行わなかったのでしょうか。岩泉線があるから整備しなかったのでしょうか。

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