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東急東横線と副都心線直通開始、日比谷線直通廃止

きょうは朝から風が強い。まいりました。
さて、3月16日(土)より、東急東横線と東京メトロ副都心線、東武東上線、西武池袋線との相互直通運転が開始します。
東急や東武にとっては、2003年3月に、東急田園都市線・営団地下鉄(当時)半蔵門線・東武日光・伊勢崎線との相互直通運転開始以来の大型ダイヤ改正になります。
2003年の東急田園都市線~地下鉄半蔵門線~東武線相互直通の時は、東急電車が北埼玉の南栗橋を、東武電車がたまプラを走行する風景に、当初は違和感を覚えたものです。
東急田園都市線は、東武電車ばっかり見かけるようになり、もはや田園都市線の雰囲気でなくなってしまいました。東武線でも、東急電車ばっかり目立ち、もはや東武沿線の感でなくなった気がしてなりません。
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東武本線(曳舟~久喜・南栗橋間)は今や東急田園都市線直通急行、東京メトロ日比谷線直通普通が主体です。
今回の東横線と東上線・西武池袋線相互直通においても、2003年の半蔵門線同様になると思います。元町・中華街から川越市へ、所沢から元町・中華街へなど、利便性が向上します。
同時に東横線では、特急・急行列車は8両→10両化されます。
東急東横線を東武・西武電車が、東上線や西武線を東急電車が走行する、かつてない運用が展開されます。
今まで、関東一ダサいって言われてきた東上線、長らく東武8000系が幅を利かせていた東上線。沿線にはめぼしいところもなかった東上線。そんな東上線とお別れとなると、寂しい気もします。

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東急東横線~東武東上線・西武池袋線相互直通開始と共に、今まで行われていた東横線と東京メトロ日比谷線との相互直通運転が、廃止されます。
ただし東武線と日比谷線との直通運転は引き続き行い、日比谷線直通電車は一部列車を東武動物公園から南栗橋まで延長します。
日比谷線は東京五輪を目前に控えた1964年8月29日、中目黒~北千住間が全通し、同時に東急東横線との相互直通運転が始まりました。日吉~中目黒~北千住間。
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東京の城南地区(目黒区・世田谷区・大田区)、川崎市中原区、横浜市港北区より、六本木や霞が関、銀座、上野などへ乗り換えなしで行けるようになりました。
1962年5月にはすでに東武線と直通運転を開始していて、これで、我が国初の3者による相互直通運転が始まりました。
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長野電鉄3500系(元営団地下鉄日比谷線3000系)
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東急7700系(元7000系)初代日比谷線乗り入れ車両
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画像加工で赤帯を消して、昔の雰囲気を出してみた。

ただし、3者にまたがる運用はありません。
今でこそ東急田園都市線の車両が東武線を、東武の車両が東急線を走行していますが、日比谷線の場合、東急電車が東武線に行く運用も、東武電車が東急線に行く運用もありません。
東京メトロの車両でも、千代田線多摩急行(JR東日本・東京メトロ・小田急)みたいに3社にまたがる運用はありません。まして日比谷線直通急行もありません。18m車体で輸送力が劣り、あえて各停用にしているのです。
1988年には日吉駅改良工事に伴い、折り返しができなくなることで、日比谷線直通の運転区間をJR横浜線乗換駅の菊名駅まで延長しました。同時に日吉駅で緩急接続を行っていた各停は、元住吉駅で通過待ちとされてました。
1991年には工事が完了し、日比谷線直通は日中のみ日吉発着に戻り、緩急接続も復活しました。
日比谷線の車両は、全車両18mサイズ3ドアまたは5ドアの中型車両です。
これは昭和30年代当時、東急や営団が18m車両を主体に使用していたためで、東武がすでに運用実績のある大型の20m規格を希望したにもかかわらず、結局18m規格で日比谷線は建設されたのです。
その後、東急も営団も20m車両が主体になっていき、現在は東急東横線、東武線双方共18m車両は日比谷線直通だけとなりました。
18mの中型車両であるため、輸送力に劣るが、1980年代初期まで東急東横線は7000系など、18m車8連急行がバンバン走っていました。ただし急行は急行、日比谷線直通は日比谷線直通と、別々の運用でした。
急行には6000、7200系などもあてられました。
しかし、1980年代より急行も8000系列など20m車8連が主体になると、18m8連急行は輸送力不足となり、全車両先頭車で中間に封じこめられる運転席が多く出力も低い7200系は遅延が多発するようになり、7000系も非冷房(その後冷房・VVVFインバータの7700系に改造される)のため、1985年より東横線渋谷発着は急行・各停共全列車20m8連となりました。18m車は日比谷線直通7000系を除き大井町線に転属しましたが、そちらも1989年、20m車8090系に置き換えられ、目蒲線・池上線に転属し緑の旧型電車を淘汰しています。
結果18m車両は東横線においては日比谷線直通だけとなりました。
1989年、平成に入る頃より、長らく日比谷線直通に使用されてきた東急7000系は1000系に置き換えられ、現在に至ります。
日比谷線直通列車は、長らく日中15分に1本、朝夜ラッシュ時10分に1本でした。
昭和時代は銀座が日本一の繁華街として繁栄しており、東横線沿線から銀座へ乗り換えなしで結ぶ列車は賑わいを見せていましたことでしょう。
昔、日中の優等列車は15分に1本の急行しかなく、その間を埋める感じで日比谷線直通は走っていました。追い越されもしません。(朝夕夜は追い越される列車もありましたが)
しかし、都庁が有楽町から新宿へ移り、バブル崩壊が訪れると、銀座の地位は相対的に低下し、直通列車の需要は減少していきます。
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さらに、2001年3月東横特急が運転を開始し、2003年3月より中目黒にも停車するようになると、直通列車に乗るより、特急・急行を利用して乗り換えた方が早いことが多くなり、また優等列車と各停が半々運転となり、日比谷線直通列車は入る余地がなくなり、縮小していきました。
そのうえ、目蒲線改め目黒線が目黒~武蔵小杉間(2008年6月より日吉まで延長)として地下鉄南北線・三田線と相互直通運転を行い、都心へもうひとつのルート、目黒線へシフトした利用客が増えたことも原因と考えられます。特に田園調布~武蔵小杉間においてはです。
東横線~日比谷線直通電車は2003年より日中は15分から30分に1本、朝や夜は10分から15分に1本に減らされます。

そして今回、東横線は副都心線直通主体ダイヤとなり、20m車4ドア8~10連ばかりになり、ホームドア設置も考えられる中で、18m3ドア8連の日比谷線直通は、整列乗車にも難があり、ホームドア設置の妨げにもなることもあって、東横線から姿を消すことになりました(私の推測ですが)。
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同時に東横線に残っている唯一18m車の東急1000系も、姿を消します。さらに、東急に唯一残っていたツーハンドル運転席(メトロ03系)も姿を消します。東急の旅客車両は2000年の目蒲線7200系全廃(同時に目蒲線の名も消す)以降すべてワンハンドルマスコンですが、唯一メトロ車両がツーハンドルで乗り入れていたのです。
東横線と日比谷線とは、中目黒駅で乗り換えのみとなります。

tokyushibuya.jpg
さて、東横線と副都心線が相互直通運転を開始するのですが、同時に渋谷駅の東横線地上ホームも役目を終えます。
東急百貨店東横店直結の頭端式ホーム、4面4線(うち降車専用2面・1番線は乗降兼用)と阪急梅田駅に及ばないものの、やはりターミナル駅にふさわしく大きいです。そんな駅がなくなってしまうのは寂しいです。
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渋谷駅は今後、東横線に乗車する場合も地下の副都心線ホームを利用することになります。
長くなったので、この辺で終わりにします。


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