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東急田園都市線と東武線直通運転10年

優勝を目指していたWBC日本代表、ついに準決勝でプエルトリコに敗れ、3連覇の夢はならなかった。残念。
さて、東急東横線が東京メトロ副都心線・東武東上線・西武池袋線と相互直通運転し、横浜と川越・所沢が乗り換えなしで行けるのはよいのだが、東横線は今まで基本的に渋谷駅発着は100%東急の車(横浜高速鉄道車も含め)だったのだが、3月16日以降は東急だけでなく、東武・西武・そして東京メトロの車輌も走行するようになった。
早朝・深夜の出入庫を除き、自社の車輌に出会う確率がいちじるしく下がってしまったのだ。4社直通なのだから単純計算で4分の1(25%)である。
東急線なのに、なかなか東急の車輌に出会えず、他社車輌ばかり来るのは、寂しい限りである。
今まで東横線は東急の車輌ばかりで、他社車輌といえばたまに東京メトロ日比谷線の車輌を見かける程度だった。
阪急京都線で見る大阪市営地下鉄堺筋線の車輌、近鉄京都線で見る京都市営地下鉄烏丸線の車輌。いずれも各駅停車中心に使われ、たまたま見かける程度である。東横線もそんな路線で、中目黒~菊名間で地下鉄車輌を見る程度だった。
今回の東横線・副都心線相互乗り入れにより、東急線で自社車輌ばかりの路線は、池上線・東急多摩川線・そして大井町線といったいわゆるローカル線だけとなってしまった。
東急の幹線ターミナル駅は、すべて地下になってしまって、単なる中間駅となった感がある。
現在東急でまともなターミナル駅として残っているのは、蒲田駅だけだ。池上線・東急多摩川線(旧目蒲線)の両列車を発着させるため渋谷駅旧東横線ホームに匹敵する広さである。
もっとも3~4両分の長さしかないが。
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東急池上線・多摩川線蒲田駅。屋根こそ違うが広さは渋谷駅旧東横線ホームに匹敵する 2枚とも2005/05/02撮影

目黒線目黒駅も、東京メトロ南北線・都営地下鉄三田線に直通するため、現在は地下ホームの1面2線だが、目蒲線時代は地上2面2線の相対式行き止まりホームだった。いかにも終着駅・始発駅といった雰囲気が漂っていた。

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相互乗り入れといえば、東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線・東武日光・伊勢崎線の直通運転があるが、2003年3月に、半蔵門線が水天宮前~押上間が開通したのに伴い開始したもののである。
本日(3/19)、10年を迎えた。10年前の当時はアメリカ軍のイラク攻撃が始まった(イラク戦争勃発)ころである。
以前から東武には地下鉄日比谷線の直通があったが、そちらは2社直通にとどまっていた。東武の車輌が東急へ、東急の車輌が東武へ行くことはなかった。
半蔵門線では、東急の車輌が東武の南栗橋まで、東武の車輌が東急の中央林間まで相互直通するのである。東武日光線南栗橋~東急田園都市線中央林間間、総延長100キロの直通列車が走る。

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東武南栗橋駅に進入する東急8500系 2003/03/22撮影

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田園都市線と違って、踏切のある東武線を行く東急8500系 2009/11/08撮影

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東急宮前平駅を発車する東武50050系 2007/05/04撮影

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東急二子玉川駅を発車する東武30000系 2003/06/20撮影

2002年度まで、東武線では他社車輌はたまに営団(当時)日比谷線の車輌を見かける程度だったのだが、2003年より一気に東急田園都市線・営団半蔵門線の車輌も多くみかけるようになった。
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メトロ8000系と東急8500系が並ぶ。ひと昔前の田園都市線車両はこんなラインナップだった。といっても長津田や鷺沼ではなくここは南栗橋。撮影当時は営団民営化直前で、Sマークが外されMマークがない 2004/02/15撮影

東急田園都市線でも、東急・営団の2本立てだったところに、東武の車輌が多く走るようになり、それも中央林間~清澄白河・押上間の列車と東武線に帰らない運用に多くついた。
2003年3月ダイヤ改正では、東急~東武間の直通は、東武線内は日中は毎時3本の区間準急(現準急に相当)、朝、夜の通勤準急(現急行に相当)だったが、2006年3月ダイヤ改正では、日中は毎時6本の東急直通急行列車が、従来の太田・新栃木行き東武線内準急に代わって主役になった。同時に伊勢崎線久喜への直通も始まった。なお東武線内準急も区間急行に名称変更されているが、朝と夕方以降の運転となり、東急直通の急行・準急を補助する形になった。
ただし東急直通は10両編成のため、南栗橋・久喜どまりになり、以遠へ行くには両駅で乗り換えとなった。
これにより東武北千住~春日部間の日中の輸送力増強が図られた。6両編成の準急から10両編成の急行に代わったのである。
2013年3月改正では、日中の東急直通急行は毎時南栗橋行き2本、久喜行き4本になり、南栗橋行きは毎時2本の日比谷線直通列車がある。東急東横線への乗り入れが廃止されたので、メトロは車輌が余ったからなのだろうか。

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東急線で東武車両どうしのすれ違い 2007/05/04撮影

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東武春日部駅に到着する営団(当時)8000系 2003/05/10撮影

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南栗橋留置線で並ぶ東急8500系と東武8000系 2009/07/12撮影

なお、3社直通となると、特に携帯電話の使用ルールが会社によって異なり、混乱したと思う。
特に2003年当時、東急の携帯電話ルールは、奇数号車はマナーモードに設定、偶数号車は電源OFFの車輌だった。
いっぽう東武・営団においては、携帯電話の通話はご遠慮するだけだった。
しかし相互直通するようになると、3社で使用法が違うため、混乱するようになり、2003年10月より、JR・私鉄・地下鉄といった首都圏の鉄道事業者で携帯電話の使用法を統一するようになった。
優先席付近では携帯電話の電源を切るようにし、それ以外の場所ではマナーモードに設定し、通話は遠慮する形をとった。

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2005/05/02撮影
さらに2005年ごろ、東急を皮切りに、優先席付近のつり革、壁をオレンジ色にして、電源OFFの優先席を強調した。他社も追従した。


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東武初のワンハンドルマスコンとなった30000系運転席 非常にシンプル 2003/05/23撮影

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2005/09/18撮影
東武~東急直通当初に使用された東武30000系は、必ず6両+4両の連結だった。このため、東急田園都市線内の朝ラッシュ時は、中間に来る運転席にスペースを取られて収容能力が劣った。しかもよりによって最も混雑する4・5号車に来るのだから苦情を買った。東急5000系で4・5・8号車に6ドア車を連結しているのとは対照的だ。
そのため2006年3月より東武は10両貫通の50050系へ除々に置き換えられ、30000系は北関東ローカルに転用していった。6両、4両編成を中心に活躍している。
2007年上半期には、ワンマン化直前の東武宇都宮線で活躍した時もあった。しかし結局8000系ワンマン車に置き換えられた。

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2003/06/20撮影
東急の車両には、東武線へ直通できない編成もある。東急8500系の比較的古い編成(8612編成まで)とVVVFインバータ8642編成、3編成しかない平成生まれの2000系(9000系そっくり)が該当する。これらの車両には正面窓にKマークを表示している。
写真の8503号車はすでに廃車され、他の8500系Kマーク車両も廃車される車両が続出した。長野電鉄、秩父鉄道など地方私鉄へ譲渡するが、中には、海を超えてインドネシアへ渡った車両もあり、ジャカルタ市内で活躍している。

以上長くなってしまったが、東武線と東急田園都市線直通のはなしでした。


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