スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

長嶋・松井氏国民栄誉賞受賞に思う


きょう(5/5)、東京ドームにて、長嶋茂雄・松井秀喜両氏に国民栄誉賞授与式が行われた。
両氏とも巨人に貢献し、偉大な実績を残したというが、私には納得いかないものがある。
長嶋氏は、現役時代はともかく、監督としては必ずしも好成績を残したとはいえない。
70年代にしろ90年代にしろ、監督としては普通の成績だろう。監督生活15年のうち、リーグ優勝回数は5回、日本一2回では並の監督である。
かつての川上監督がV9を記録するなど優勝経験がはるかに多い。現在の原監督でも、8年監督を務めて5回優勝している。
長嶋巨人として印象に残るものとして、1994年の10・8決戦。ナゴヤ球場にて。巨人・中日とも69勝60敗で迎えた1994最終戦。結局は巨人が勝利しリーグ優勝を成し遂げたのだが、勝率は.538と決して高くない(70勝60敗)。そのかわり最下位の勝率も61勝69敗と低くない。おまけに優勝した巨人が最下位の横浜に負け越す有様だ。
1994のシーズンは前半はかっ飛ばしたのだが、後半が失速した。1994年8月下旬、マジックナンバーが点灯したのだが、その後は負け続き。
8月までは高勝率を誇って、9月中旬には優勝間違いなしと思われたが、9月に入りほとんど負けていた。
まるで、故障して墜落しつつあるジェット機のようだった。
落ちるとこまで落ちて、エンジンが回転してもすぐ止まる感じの巨人だった。
8月下旬まで2位に8ゲーム差をつけていたのが、10月に入り、勝率は中日に並んでしまった。2位転落の危機が待ち受けていた。結果的には巨人が優勝したが。
思い出ばなしになってしまったが、90年代のセ・リーグは、巨人よりヤクルトがリードしていた。70年代長嶋政権でも、広島がリードしていたと思う。
長嶋監督が就任した初年1975年には、広島が初優勝、しかも巨人の本拠である後楽園球場で胴上げを披露させてしまい、さらに巨人は最下位の惨たんたる結果に終わった。もっとも巨人は翌76年、77年には優勝を決めている。しかし日本シリーズで阪急に頭が上がらなかった。
90年代においても、1995年、神宮球場にて野村ヤクルトが巨人ナインの目の前で優勝を決めていた。1996年には巨人が優勝するも、当時イチローが在籍していたオリックスには頭が上がらなかった。オリックスは元阪急であり、長嶋氏には因縁たるものがあった。
長嶋巨人より野村ヤクルトが成績上回っていた時代。もっとも現在の東京ヤクルトスワローズはかつての野村氏の栄光もないが。
松井氏においても、かつての王氏ほど活躍したのだろうか。
日米を渡り歩いて大活躍したのだが、成績はイチローに及ばないだろう。
イチローもかつて国民栄誉賞にノミネートされたことがあるが、自ら辞退している。
アンチな意見で申しわけないが、長嶋・松井氏の国民栄誉賞、おめでとうございます。


当ブログは人気ランキングにも参加しています。

PC・スマホ・iphoneからは
人気ブログランキングへ

ケータイからはここをクリック!


スポンサーサイト

テーマ : 雑談
ジャンル : アフィリエイト

コメントの投稿

非公開コメント

admatic

プロフィール

poppychan

Author:poppychan
ようこそ、あふぃり888しょっぷへ!

サイトマップ おしながき
当ブログをご閲覧いただき、まことにありがとうございます。

広 告 ゾ ー ン
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
豊富なカテゴリで~す
リ ン ク 集
人気ブログランキング
♥気軽に検索してね♥
フリーゾーンだよ~ん




お小遣い稼ぎより大きな収入を目指して!完全無料のポイント サイト - PointPay
Q R コ ー ド
QR
ブロとも申請フォームですよ

この人とブロともになる

月別ア~カイ ブス
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。